かあいがもん「お父さんの日記」

男の子二人の父親が日々の悶々を綴ってます。

子供達の将来について焼肉屋さんで家族会議をした。

最近、父親としてこれでいいのだろうか?と、ふと思う事がある。

 

息子達の今の現状についてだ。

  

俳優を目指していた長男(23歳)は作品を作る方にも興味がでて来たので、もう少し自分の自由な時間が欲しい、と、今もアルバイト生活をしている。

 

超絶勉強嫌いの次男(15歳)は高校に進学せず、なんとなく俳優を目指す傍らバイトをそろそろ始めようか、といったところ。

 

いえ、のんびり生きているわたくしが言うのもなんですけどね、子供達を見てたらこれからの将来について、若い二人はどの様にお考えなのか少しばかり心配が湧いてくるんですよ。

 

父親として、人生の先輩として何かビシッと言った方がいいんではないかと。

 

心の何処かで男の子は一度は家族を養えるぐらいガツガツ稼いで来てみてもいいんじゃないか思ったりするわけなんですよねぇ。

 

まぁ、親が中卒で、就職した事もなく更には不安定で未来が微塵も予想できない仕事を今までしていてこんな事を言うのもなんですけどね。

 

あと、わたくしとしては少しばかり「蛙の子は蛙」よりも「トンビが鷹を産んだ」って言葉に憧れを抱くわけですよ。

 

近所のマダムに

 

「おたくの息子さん立派ねぇ、ちゃんと就職して、家族も持って、やっぱりお父様の教育が良かったからかしらん、もぅ、どうやったらそんな風になるか教えてくださらない」

 

みたいな事を言われて

 

「いやいや、私は、私は何もしていませんよ、本当にダメダメな父親でして、いやぁぁ、ポンコツもいいところですよ。子供達とママがが立派で、トンビが鷹を産んでしまった的な感じですかね、ははははははははははっはっは」

 

とか、言ってみたいじゃないですか。

  

無理だね。

 

完全に。

 

わたくしも会社員ではなく、常に決まった仕事がある訳でもなく今はほぼほぼフリーで仕事をしてるので現在、家族全員フリーターなんですよね。

 

更にいえば、わたくしの仕事が来なくて長く空いてしまって、長男もバイトを休んで旅行とかしてたら

 

家族全員ニート

 

ですからね。

 

家に引きこもってゲームに明け暮れていたら

 

家族全員引きニート

 

ですからね。

 

あれ?これってもしかして、現代における新しい家族の形か?ヤベェ、最先端の家族の方とかカッコよくね?と一瞬思ったりしましたけどね、そんな訳ねぇな、となりまして子供達と焼肉屋さんで「生きる」って事について家族会議をする事にしました。

 

何故焼肉屋さんかと言いますと、美味しいお肉を食べてると「生きてるなぁ」て実感するじゃないですか、個人差はありますけどね。

 

で、早速息子達に焼肉を食べながら聞いてみたんです。

 

「君たちは、この先どう生きて行こうとか、未来を考える事はあるのか?」

 

と。すると次男

 

「未来の事を考えてもしょうがなくね?僕は今を楽しく生きる事を考えたい。いや、確かに高校に行かないと行かないで大変だなと思う事はあるけど、だからって今更高校に行って勉強したいとは僕は微塵も思わないよ、ウっメェ。んで、その選択をしたのは自分だし、このまま突き進んでいく道もあるんだぜ、って事を高校進学を勧めてくれた人に見せたいってのはあるけどね、あとは特に考えてないよ、あと、ファンタ頼んでいい?」 

 

と言う感じで、もぐもぐと焼肉を頬張りながら答えてくれた。

 

長男は宙を眺め少し考えた様な顔をしながら

 

「アラスカに行きたいんだよねぇ、いや、金脈を掘りに行きたいんじゃないよ、オーロラを見てみたいんだよね、あと大自然の中で生きる大変さってのも二十代のうちに味わってみたいんだよね、就職しちゃうと自由な時間少なくなりそうじゃん。俺が今から就職しても手取りがそこまで多くないし、バイトとでフルで入ってるのと2、3万ぐらいしかかわらないから、それだったら2、3万で自由な時間を買ってると思ってたりする方が自分には合ってるかなぁ。あ、ヤベ、が焦げてる、、、。やりたい仕事をする為にその会社に就職するなら就職もありだけど、何でか今は、自分に向いてるなぁ、と思うものはやりたいと思わなくて、自分に向いてるかどうだかわからなさそうなモノに興味がいっちゃうんだよねぇ」

 

と、言う感じの超絶楽観的な答えが返って来た。

 

世間一般的にはやばいっすよね、この家族。

 

 アラスカって、、、いきなりスゲェ事を言い出すなと思ったけど、少し前も用事があって電話したら「今、青森にいる。ヒッチハイクして北海道に向かってるんだ」という感じでしたからね、まぁ、不思議ではないですけど。

 

 

しかしまぁ、顔を付き合わせて肉を食べながら聞いてみるものだ。

 

ちゃんとは理解できてるかはわからないが、親のわたくしには無い独特な価値観も身につけているのと、わたくし同様、自分の事を信じてなんの不安も持って無さそうなのに安心した。

 

わたくし同様、なんとかなりそうなきがする。

そしてわたくしは息子達にこんな感じで伝えた

 

「父さんはね、心のどっかで君たちはこのままで良いのか?と思ってた。親の七光りを使おうにも親が七光ってないから微妙だし、いや、もしかしたら二光ぐらいはあるかもしれないけど、父さんが倒れたりしたら君たちは自分の力で生きて行けるのかとか心配していた。まぁ、そんな事を心配してもどうにもならないんだけどね。少しばかり父さんの世間体も気にしてくれると有り難いがそれよりも元気で今を楽しそうに生きていてくれたらそれでいいと思ってる。何が言いたいかと言うと、もっと食べろ」

 

と、いう事で家族会議が終了。

 

で、をモリモリ食べる息子達を見ながら、わたくし思いました。

 

 

「好きな様にしてもいいけど責任は自分で取りなさい」という言葉は父親が子供にかける言葉としては自分にはなんだかしっくりこない。

「好きな様にするんだ、責任は一緒に取る」という父親でありたい。

 

と。

右脳を使ったスーパー記憶術が学校の勉強に使えるか試してみた。

約1カ月後に控えた大検(高卒認定試験)を受ける為に仕事の傍ら日々学問に励んでおります。

 

勉強机に向かう度「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ!」と、自分と戦っておるわけですが、ここに来て思ったのです

 

「このままのペースでは8教科全て合格は厳しい。」

 

と。

 

もうCompletely間に合ってないのです。

 

自分は「台本のセリフ」を覚えて演じる仕事をしているので、覚える早さにはそこそこ、いや、かなりの自身があったのですが、何故だか勉強に関してはセリフの様には行きません。

 

で、コツコツ書いたりしながら覚えてるのですが、高卒認定試験の範囲って高校までの勉強ですからね

小学校の勉強まで戻って勉強してると、最近のRPGゲームのフィールドか?ってぐらい範囲が広いわけなんですよ。

 

自分が 何処にいるかわからなくなるぐらい広大なんですよ。ただでさえ42歳で高卒認定試験受けるってだけで大冒険なのに

 

とにかく、このままではマズい、状態な訳です。

 

、もっと効率のいい覚え方はないかなぁ、と考えておりましたら

 

「右脳を使った記憶術!」

 

と、いうのを思い出したのです。

 

これね、なんでも脳ミソには右脳と左脳があって

 

左脳【文字による記憶で少量しか記憶出来ない】

 

右脳【イメージによる記憶で大量に記憶出来る】

 

だそうで、右脳を使った記憶術を小さい頃に母親に半ば強制的にやらされた記憶があるんですね。

 

テレビでも見た事ある人もいるかもしれませんが、この記憶術がとにかく凄いんですわ。いや、ホント。

ご存知なかった方は一度試して頂いてもいいですかね?

 

個人差はあるかもしれませんが、この方法を使うと結構な量を短い時間で記憶出来るんです。

 

あ、この後に怪しげな情報商材とか売りつけたりしませんからね。

 

とりあえず、この右脳を使った記憶術を説明したいと思います。

 

まず、紙とペンを用意します、そしてこの様に10個づつぐらいの少し大きめのマスを書き、上に番号を、付けます。(とりあえず、ここでは50マスにしておきます)

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次に、そのマスの中に絵を描いていきます。

この絵は一目で見てわかりやすいモノが良いかと思います。とりあえずいくつか描いてみますね。

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ビン、手、棒、星、ウチワ、魚、肉、船、ドル袋、スプーン、卵、、、と思い立ったモノを適当に思いつくままに描いていきます。

 

とりあえず20個ぐらいは頑張ってみて下さい。出来る人は50個まで描いてみて下さい。

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で、今の時点では瞬間的には描いた人でも半分ぐらいしか記憶していないかと思います。

(一回描いて覚えてしまえる人は、その時点で天才なのでこれ以上先には読み進めないで下さい。)

 

ここからミソなんですが、この一つ一つの絵を

 

想像しながら物語で繋げていきます。

 

例えば「空きに手を突っ込んだら、があったので、思いっきり投げたらに当たって、星が割れてウチワが出てきた。なのでウチワでを焼いて食べたら骨つきのだった。で、を食べたらに乗って旅をしたくなったので、に乗ったら、船の甲板に沢山のドル袋があった。嬉しくなってドル袋を開けたら、沢山のスプーンが出てきた。何故ゆえにスプーン?と思いながらスプーンでを食べる事にして卵を割ったら三日月の黄身が出てきた。三日月を見ていたら、に帰りたくなったので家に帰ると、家の中に沢山のお団子が山積みになっていたのだが、団子をよく見ると、目玉の様だった。目玉の様な団子を食べたら時計が鳴ったので学校に行くと、先生が包丁を持って立っていた。包丁を持った先生に対して僕は拳銃で対抗すると、先生はドアに逃げた」(長くなるのでとりあえず20個)

 

みたいな感じで、どんなメチャクチャなストーリーでも良いので想像しながら繋げてみます。

 

想像するのがキモです。

 

自分がストーリーの主人公で行動してる様に想像すると、わたくしは想像しやすいです。

 

で、一回ストーリーを想像出来たら、描いた紙を裏にして、何個言えるか確認して下さい。

 

今回、5の老若男女に試して貰ったのですが、全員二回やれば難なく20個を覚えられる事が出来ました。(上に書いた番号で、◯番は?と、クイズみたいに出しても答えられる様になりました)

 

慣れると一回ストーリーを繋げただけで覚えられます。

 

トーリーを想像する想像力も必要になるかもしれませんが慣れだと思います。(絵をかえて2、3回やると慣れます)

 

簡単にストーリーが浮かぶ人は数分で50から100個記憶する事も可能でして、これを試して貰った人は口々に

 

「ヤベェ、俺天才じゃね?!」

 

「自分の脳味噌に可能性を感じるわ!」

 

「嘘でしょ、こんなに覚えられるなんて!」

 

「驚きのスーパー記憶術だ!」

 

「、、、確かに凄い、、」

 

と、この記憶術を知らなかった人からは驚きの声を頂いております。

 

5人からだけ、ですけど、、、。

 

しかも、これ次の日になっても覚えているんです。

 

生活に何の役にも立たない情報を次の日まで覚えてられるって、凄くないですか?!

 

いや、是非に試して頂きたい!

 

このスーパー右脳記憶術!キャンペーン中の今ならもれなく3万円で!ご提供!

 

じゃなかった、、、、なんの話でしたっけ?

 

あ、そうそう、この右脳の記憶術が学校の勉強にも使えるか?だった。

 

とりあえず学校の勉強をこの記憶術を使って覚えてみましょうかね。

 

今、必死に覚えてる因数分解の公式からいきましょうかね。

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、、、、、。

 

なぁ、、、誰か教えておくれよ、、、この公式にどうやってストーリーを想像すればいいんだい?

 

X君にプラス志向でY君が話しかけたらカッコが閉じるぐらい仲良しになったけど、何故だか隣のカッコのX君とY君はマイナス思考なんだ。でもそれにイコールという魔法をかけたらX君がよからぬ事情が発覚してマイナス思考のY君も事情を抱えてしまったんだ。それによって淫数が分解してしまって、、、

 

無理だろ。

 

そもそもこの公式に覚えられるストーリーを想像出来る時点で勉強が必要ないぐらいの天才だと思うんだか、、、わたくしには。

 

多分ね、恐らくね、この記憶術は学校の勉強には使うのは難しいね、、、。

 

少なくともわたくしには無理だわ。

 

あ、あと後日に検証してみたんですけど、この記憶術3日たったら半分ぐらいは忘れてるんですよ。

 

だから、毎日ストーリーを復唱しないと記憶の底に沈んで行ってしまう様なんですね。

 

と、いう事はやっぱり学校の勉強はコツコツ覚えるしかないのですかねぇ、、、、。

 

そもそも、こんな事考えてる時間に勉強しろって話なんですけどね

 

アハッ。

 

と、考えておりましたら高卒認定試験の受験票が届きました。

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さて、頑張るか。

 

自分の体は本当に自分のモノなのだろうか?だって「自分の」と言ってる割に思い通りにならない事が多いじゃん

わたくし、昔から健康に関しては息子達にちょい言ってました。

 

「いいか、何をするにしても、一に健康、ニに健康だ、精神と身体が健康であれば人生は大概なんとかなる、自分の身体は大事にするんだ

 

と。

 

でも最近、言っていてふと思ったのです。

 

そもそも何故に自分の、と言ってる身体なのに、何で自分の思い通りにならんのだ?

 

うんこしたくなる時間はわからないし、風邪はひくし、身体の異変を無視してると不調になるし、コンビニ行くと勝手にエロ本に目がいってしまうし、シワは増えるし、髪の毛は減るし、などなど、もう挙げればキリがなく自分の意思とは反して思い通りにならないモノがある。

 

まぁ、「自分の」と付けてるモノで思い通りになる事はほぼほぼないですけど、自分の子供とか、自分の妻とか、自分の彼氏、自分の彼女とか。

 

この「自分の」ってつける事で何かおかしな事になってるのでは無いか、と思うのです。

 

なんか「自分の」って言葉をつけるだけで自分の思い通りになると錯覚してしまっているのでは無いかと。

 

 

親が「自分の身体なんだから大事にしなさい」と言っても

 

子供は「自分の身体なんだからどうしようと勝手だろ」

 

と、親も子供も自分のモノだから何とか出来ると思っていると、この様な不毛なやりとりが生まれるのではないか、と思ったのです、わたくし。

 

なので言い方を考えてみた。

 

「いいか、お前が自分のと思っている身体は、もしかしたらお前の考える自分のモノでは無いかもしれない。

つまり、父さんの考え方としては、肉体と精神は別、言い換えれば身体と心は元々はであって、生まれた時に自分の心を入れる入れ物として誰からか与えて貰っている、もしくは授かったモノかもしれないと思うのだよ。それは母親ではなく、何かもっと偉大な存在から。母親もまた親から生まれて来てる訳だから。辿っていったら、じゃ、元々は一体誰が肉体を与えてくれたんだ?と考え始めてしまうし、死んだら肉体は無くなって自分はどうなるんだ?と誰もわからない事になったしまうから、それは置いておいて、自分の心と身体が繋がっていないと自分の身体は思う様にはならないから、自分の身体をある程度コントロールするには自分の身体と心をつげる必要があると思うのだよ。

そもそも世の中に存在している物質で完全に自分のモノというのは存在しないのではないか?と、思う考え方が前提にあった方が良いのかとも思う。車でも家でも、買えば自分のモノの言うけれど、売れば人のモノになってしまう、彼女、彼氏も付き合っていれば自分の彼氏、彼女となるが別れてしまえば他人の彼女、彼氏になる。自分の夫、妻、もそうだ。全てにおいて、自分の、と言ってるモノで完全なモノは無いと思うのだよ。自分の身体も死んでしまえば灰になり全て自分のモノではなくなるし。

でも、比較的自分の思い通りに出来る可能性があるものが、自分の精神と肉体なのではないかと思うのだよ。自分の肉体の事を理解して、心と身体が完全に繋がれば、心で考えた楽しい事を肉体を通じて沢山できると思う。しかし、心と身体が別だと身体を不調にしてしまい、思い通りに行かず、結果、心まで不調になって、更に身体も不調になると言うスパイラルになってしまうと思う。だから、自分の身体は自分のモノと考えるより、この世で生きる為に与えて貰ったモノと思い、常に気配ってあげた方が良いと思う。身体は言葉は発しないが、シグナルは沢山発信する。食べ過ぎたら、お腹は痛くなるし、考え過ぎたら頭は痛くなるし、働き過ぎたら、体調崩すし、そんな感じで身体が訴えて来てくれる事を聞く事が、心と身体を繋げる一歩だと思うのだよ。身体のシグナルを無視し続けると身体も「このご主人はわからんようだからもう少し強めのシグナルにするか、身を持って分からせるしかない様だな」となり大病してしまうのかもしれない。恐らくこれは一人一人違うから自分でしかその身体は理解する事が出来ないと思う。だから唯一理解する事の出来る自分が、自分に与えられた身体を理解するしかないのだと思うのだよ。

つまり、心と身体は気を抜くとすぐバラバラになるから、身体のシグナルはしっかり聞くんだぞ

 

と。

 

 長えぇ、、、、そして理解がより困難になった、、。

 

多分、15歳の次男にこれを言ったら

 

 

「俺の身体のシグナルが美味いものを食いたいと言ってる、腹減ったぁぁ!だ肉が食いてぇ!」

 

と、今日は言いそうだな、、、。

 

おわり。

カーペンターズの「青春の輝き」がどうしても歌いたかったので、ピアノとボイトレと英会話のレッスンに行った結果

20年程前に「未成年」という野島伸司さん脚本のドラマがあった。

 

このドラマのエンディングに使われていたカーペンターズ「青春の輝き」という曲があるのだが、わたくしはこの曲がめっぽう大好きで「いつかピアノの弾き語りで歌いたい」と思っておりました。

 

そんな思いを長くしたためておりましたら「未成年」どころではなく「完全な中年」になってしまった次第でありますが、しかし、四十歳になってもその思いは変わらず、やはりこの曲をピアノで弾き語りをしたい」と思ったのです。

 

ではこの難易度の高そうな「青春の輝き」のピアノの弾き語りを、四十歳過ぎた人間が楽しくマスターするにはどの様にすれば良いか、自分が進めて来たやり方を書いていきたいと思います。

 

1、ピアノのレッスンを受ける

 

2、英会話に通う

 

3、ボーカルトレッスンを受ける

 

先ずはこの三つだろうと、わたくしは考えました。

 

英会話?何故?と思うかもしれませんが、この「青春の輝き」という曲は洋楽でして(英語だとI need be in loveというタイトルです)自分の中では出来る限り洋楽っぽく歌いたいので、英語の発音と、歌の発声の仕方も必要不可欠な要素だろうと考えました。

 

そして、まず四十歳を過ぎた辺りから、ピアノのレッスンを開始しました。

 

ピアノのレベルはどれぐらいかと言いますと、二十歳ぐらいの時に簡単なコードを押さえて弾けてたぐらいで、未だに音符は読めませんし、指も滑らかに動きません。

 

そんな状態でしたので、とりあえず目的の曲を弾き語りをする為には、どの様な先生が良いかを考えました。

 

近くのピアノ教室でも良いのですが、ピアノの弾き語りをする為にピアノの基礎から始めてしまうと先が長すぎて心が折れてしまう可能性があるので、プロで実際に活躍している方を探しました。

 

プロでお仕事されている方って「人の心を動かす」事が絶対条件なので、ピアノを弾くにあたって押さえるツボみたいなものが違うと思うのですよ。

 

それと、目的にたどり着くまでの練習に最低限何が必要かわかってるだろうと思うのです。

 

弾き語りの場合、音符がどうのこうのと言うより、を引き立てる伴奏はどの様なモノがいいのか、ピアノを聞かせるより歌を引き立てるピアノを習いたい、と、わたくしは考えておりましたので、やっぱり歌い手さんのバックで実際に演奏しているプロにお願いするしかねぇな、となりました。

 

と、いうわけで知り合いなどを通じて二人のプロにレッスンをお願いしました。

 

なぜ二人か?と言いますと、お医者さんにもセカンドオピニオンがある様にピアノにもセカンドオピニオンがあるんじゃないかと思いまして。

 

あとは、プロだからって教え方のプロでは無かもしれないので、その辺りの事も考え二人にしました。

 

で、これがまた運よく「感覚的」に教えてくれる方と「理論的」に教えて頂ける方に出会えまして、練習に挫折する事なく続けられております。

 

次に、英会話のレッスンで先生に自分の歌を聞いて貰い英語の発音のチェックをして貰います。

 

毎回毎回、英会話ではなく、四十歳過ぎた英語の話せない人の「青春の輝き」を歌い聞かされるなんて、国際通訳の経験もある先生は大変なストレスだったと思いますが、半笑いで丁寧に発音を直してくれました。

 

話すとカタカナ英語でしたが何とか英語っぽい雰囲気までは来れたとはおもうのですが、未だにFとRの発音の悪さとsheとseeの発音の違いは指摘されます。

 

次に、ボーカルトレーニングについて話そうと思います。 

 

ボーカルトレーニングはたまたまわたくしの友人にお願いしました。

 

ジャズを生で聞いたらが出てしまう様な素敵なプロのボーカリストです。

 

今まで歌を自分で独学で練習していても何が良くて何が悪くて、どこに向かって練習すればいいのか全くわからず、途方にくれておりましたが、やはりプロで歌っている方に習うと、簡単に解消されるんですね。

 

その人歌のキーだったり、自分に合った表現の仕方だったり、一曲をどの様に山場を作って聞かせるか、言葉の切る位置によって伝わり方が変わるとか、マイクに対してどの様に歌えば自分の声のポテンシャルを最大限発揮できるか、など、歌に対しての取り組み方を目から鱗が落ちるほど沢山教えてもらえます。

 

教えて貰うだけでカラオケにが生えたぐらいにはなるのではないでしょうか。

 

もちろんそれ以上目指すなら、教えて貰った事を身体に叩き込む為に血の滲むような練習をしないといけませんが、わたくしはレッスンする度に二、三本ぐらいが生えて来てる実感があります。

 

あくまで自分の体感ですけど。

 

プロに教わるというのは良いもので金額はそれなりにしますが一回のレッスンで得るものはかなり大きいです。もしかして得るモノの大きさを考えれば自分にはこっちの方がコスパがいいのかもしれないとも感じます。(ちなみに実際にプロで活動されてる方の個人レッスン相場は最低でも1時間1万円ぐらいではないでしょうか)

 

 

で、そんなこんなで月に一回程のレッスンと自己練習を重ねて来て、ふと、思ったのです。

 

 

何故ここまでして弾き語りをしたいのか?

 

いくら、いくら自分の中で練習を重ねていても聞いて貰える人がいなければただの自己満足で終わってしまうのではないか、それならカラオケで歌っていればいいではないか、何故だ?何故ゆえに自分はピアノの弾き語りで歌いたいと思ったのだ?何故だ、何故なんだ、、、そうだ!二十年前に自分はアイドル的な活動をしていた時に歌を歌っていて、歳をとっても応援してくれる人たちに対して、自分が出演してきた作品の主題歌とかを歌うライブをしたいと思っていたのだった。そうだ、そして未だに応援してくれている人へ小さなライブハウスでもいいから無料で招待するライブをしたいと思ったんだった。おそらく20人もいないかもしれないだろう。隠れファンでないと笑われてしまうにも関わらず未だに応援し続けてくれる奇特な人だ。わたくしに今出来る事はこれぐらいしかない。そうだ!それをしたかったんだ。

 

「青春の輝き」は今のわたくしにはないかもしれない、いや恐らくないだろう、しかし中年の輝きはあると思う、青春の輝きとは違った何か別の次元の輝きが。きっと、いや間違いなく。この曲を歌えるようになれば何かしらの輝きを届けられるかもしれない。と。(今年にはライブしたいっす)

 

 

そんな思いを込めて昨日の夜に長男に手伝ってもらい撮影してきました。

 

まだまだ発展途上ですが聞いて頂けたら幸いです。

 


それより高卒認定試験の勉強しないとな、、、、

 

 

1日でブログのアクセス数が47万を超え、読者さんが4倍になり自分の中でわかった事があった。

数日前に「築50年(10坪)の家をリフォームすると幾らかかるのか」という日記を書いたら、1日のアクセス数が47万を超えていた。

 

ア◯ブロなどでな芸能人がブログを書いてニュースになったりするのであればまだ理解できるのだけれども、はてなブログさんで地味に日記を書いているわたくしに、こんな事が訪れようとは夢にも思わなかった。

 

もういっその事、アメ◯ロさんで自分の自撮りを出したり「今日はこれを食べました!」とか、やたら絵文字とスペースを多用した記事を書いても今の自分なら需要があるんじゃねぇか?アイドル時代が再来か?などなど一瞬調子に乗ってしまいましたが、よくよくインターネットで調べると

 

「記事を書き続けているとたまにバズる事がある」

 

と、書かれていたので、とりあえずコサックダンスをしたくなるような嬉しい気持ちを抑えて、何故自分の書いたリフォームの記事が沢山の方々に読まれる事になったのかを自分なりに考えてみようと思います。

 

こちらが問題の記事↓

とりわけ変わった事を書いたつもりはないのですがコメントを読ませて頂くと「オチにビックリした」という事が多くありました。

 

まぁ確かに、リフォーム屋さんとこの様な展開になる事は珍しいでしょうからインパクトが強かったのかもしれません。

 

しかしインパクトで言えば、過去の記事にも「これは凄げぇインパクトある話だぞ」と自分的には思っているモノが沢山あったと思うのですが、ブックマークはおろかシェアもされる事はほぼありませんでした。

 

となると「話のオチ」だけでのバズりではないように思うのです。(最近、バズる、という言葉を覚えました、ネットではよく使われるようですね)

 

他の考えられる要因を探してみましょう。

 

他のコメントも読ませて頂きますと「文章がわかりやすい」や「文章が面白い」と、言って頂いてるのもありました。

 

「自分がおじいちゃんになってから読んでも楽しい日記にしよう」と思って書いておりましたので、もしかしたらそれが良かったのかもしれません。

 

そしてここで自分の中で確信したのは「多くの人に読んで貰える文章を書くのは小学生までの勉強でも出来るんだな」という事です。

 

わたくしの文章を読んで頂けるとわかると思いますが、おそらく小学生までに習ってる言葉だけで構成されているかと思います。

 

なんせ小学生三年ぐらいから不登校気味でしたし、学校で習う勉強という勉強は早い段階で放棄してしまいましたから国語的なモノは全くわかりません。

 

難しい本は未だに読めませんし、新聞などで政治の事を知ろうとしても理解する事がとても困難です。

 

ただ、お芝居の仕事をさせて頂いているので沢山の台本は読みますので、もしかしたらそれが良かったのではないかと思います。

 

どういう事かと言いますと、テレビドラマなどはやはり沢山の方々に向けて作られているので台本の多くはとてもわかりやすいモノになっている気がします。(中には超絶難しいのもありますが)

 

そして、どの様な展開にすれば沢山の視聴者に伝わって楽しんで貰えるかを、真剣に作品を作る人は考え悩んでおります。

 

そういった作品に多く携わる事が出来たので「人に伝えるとはどういう事なのか」や「伝える、と伝わるの違い」という事を常日頃から考えるようになったのも、今のわたくしの文章に反映されているのかもしれません。

 

そして、自分の中で知ってる言葉は多くはないので使う言葉のチョイスにも気を配るようにしております。

 

例えば「それは勘違いです」と言おうとした時、わたくしは「それは捉え違いです」という言い方を使います。

 

「勘違い」も「捉え違い」どちらも同じ様な意味だとおもうのですが、「勘違い」と言ってしまうと、その人のが良くないという何か潜在的なモノまで否定している様なニュアンスになるかと思うのです。

 

一方「捉え違い」は、その人はいくつかの事を想像出来て全て理解しているのだろうけど、自分の考えるモノとは異なるチョイスをされた、なのでその人の人格を否定しているニュアンスにはならない様に思うのです。

 

これはあくまで例の一つで、伝わるかわかりませんが、こう言った簡単な言葉でも使いわけ方によっては絶大な効果を発揮する事が多くあるので、そう言った事も考えて日記を書いていると思います。

 

誰にでも理解される言葉をいかに効果的に使うかが「伝わる」という事に関しては大切なのでは、と。

 

あれ、俺またとてつもなくすげぇいい事言ってんじゃね?

 

あ、失礼、話が少しそれた上に自画自賛でした。

 

もう、自分が大好きでして。アハッ。

 

自分で自分の事を褒めなかったら誰が褒めてくれるのさぁぁぁぁぁああ!

 

失礼とりみだしました。

 

で、話を戻しまして「面白い文章」や「わかりやすい文章」というのがバズるきっかけになったのか?と言われれば、三年前から書く事は変わってないので、バズる要素の一つだったと考えられるぐらいだろう。

 

では、リフォームの話が良かったのか?いやいや、リフォームの事を記事にしている方は沢山おりますが、それほどアクセス数が上がっている様には見えない。

 

それにリフォーム費用が安かったか?と言われれば坪単価は50万だったので金額的には決して安いとは言い難い。しかし、自分達の満足度がそれを上回っていたから「値段以上のリフォームの満足度は珍しい」というのもあるかもしれない。

 

もしかしたら、リフォームはリフォームでも築50年の家をリフォームした事と、10坪と言う事と、それが幾らかかって、リフォームのやり方によっての金額の違いまでわかりやすく記載した事が多くの方の興味を引いたのかもしれない。

 

古くなって壊すに壊せない空き家問題とかも多くあるそうですし。

 

考えれば考えるほど、どの要素が一番バズった要素がなのかわからなくなる。

 

わたくしの事は知らない方が多いので「有名人だからだろボケ!」とはなりませんからね。

 

まぁ、リフォームの記事がわかりやくす、斬新なオチがあった。で、「これ、かあいがもんが書いてるのか?」という、わかる人にはわかり二度ビックリになって拡散されたのかもしれないですね。

 

あとは、拡散力のある方々のお力かと。

 

 

 

というわけで、結論

 

 

運が良かったのだろう。

 

 

わたくしはとても運が良い事が今回の件でよくわかった。

 

お付き合い頂きありがとうございます。

 

 

やはり体力はつけた方が良いかと思う。

最近、四十二歳になってから体力が落ちてきた気がするので、もう一度、ジムに通おうかと考えている。

以前までキックボクシングのジムに通っていたのだが、ちょっと事情があって辞めてしまったので。

事情、と言うべきか私情と言うべきか何と言うべきかわからないのだが理由をザックリ言うと「このままでは変態扱いされるかもしれない」と思って辞めてしまいました。


あれ、この説明だと色々と誤解を招くのでキチンと説明した方が良いですね。

おそらく完全な私情なので恥を忍んで説明します。

その通っていたキックボクシングのジムは、わたくしが通い始めた時はまだオープンしたばかりで生徒さんが少なかったのですが、トレーナーさんも丁寧に教えてくれるし、ジムもオシャレだったからか通う度に女性の生徒さんも増えていきました。


そこまで広くないジムなので色々配慮してありレディース限定の時間帯も夕方前にあるのですが、時間帯的に難しいからでしょう、夕方は男女で結構な人口密度になります。


そして、生徒さんが増えれば増えるほど、サンドバッグを三人一組で一緒に打ち込む事が多くなります。


で、何故だかわたくしは女性と三人一組になる事が多いんです。多分体が比較的細身だからだと思うんでけど。


これがねマズいんです。


「え?それは楽しそうじゃん」


と、思われるかもしれませんがね、これがね思わぬ事が起こってしまうんですよ。わたくしには。


一緒にサンドバッグを打ち込んでいると何故だか何故だかに目がいってしまうんですよ。


他の男性は知りませんがね、他の男性はわかりませんが、わたくしはわたくしは目が行ってしまうんですよ、何故だかオッパイに。


猫が「猫じゃらし」に反応する様に動いているものに反応するんですかね?わたくしはわたくしはオッパイに反応してしまうのです。


いやわたくし、オッパイ好きではありませんからね、いや嫌いではないですけど、月並みですし、いや、人並みですし、微塵も下心なんてありませんからね、欲求不満でも無いですからね多分。ないと思いますよ多分、、、いや、間違いなく無いですよ。ストイックに身体を鍛えようとキックボクシングを始めたんですから。


でもね、何でか目がいってしまうんです、見ちゃダメだ、見ちゃダメだと思えば思う程に。


風通しの良さそうなTシャツを着ておられ様ものですと、もうこちらとしては大変なのです。


頭の中で「見ちゃうダメだっ、見ちゃダメだ!オパーイを見るな、見るんじゃない!」と一心不乱に思ってると、何回サンドバッグ打ち込んだか忘れてしまって「あの、、、回数多くありません?」と毎度言われてしまいます。


「申し訳ありません、オパーイを見ない様にしてたら打ち込む数を忘れてしまいました」と、爽やかに言う事も出来ないので、何とか女性の少なそうな時間を狙って行こうとするのですが、それも難しく何故だかやっぱり女性とサンドバッグの打ち込みになってしまうのです。


これは本当に悩みました。


トレーナーさんに

「女の方と一緒にサンドバッグ打ち込むとオパーイが気になって数が数えられません」


なんて相談したら間違いなく

「変態ですか?」

と言われてしまいます。


まぁ、変態でもいいんですけどね。


四十過ぎてこんな事が気になるぐらいですからね。

で、このままではいずれ誰かに「あの人と一緒にサンドバッグ打ってると汚らわしい目で私を見てきます」と言われてしまうかもしれないと思い、そのジムを辞めようと決意した訳です。


いや、考え過ぎかもしれませんけどね、良くも悪くも一度気になると一つの事が本当に気になって仕方がないのです。


十七歳の時に空手をやっていた時も何故だか女の子と組手をさせられる事が多く、わたくしとしてはお腹のミゾオチを狙って拳を出すのに何故だか毎回オパーイに当たってしまって「もう少し下にお願いします、ここですからねミゾオチは」とわたくしの手をとって優しく指導された事が恥ずかしくて、空手を辞めました。

黒帯一歩手前まで頑張ったのに、、、。


だからでしょうか、わたくしの中では格闘技とオッパイに密接なつながりがある様な気がしてならないのです。

格闘技を始めるとオッパイ問題にぶち当たると。


まぁ、ジムを辞めた理由は3割はそれで7割は「なんとなく」なんですけどね。




最近の芸能界では芸人さん俳優さんなど「下ネタ」に関するスキャンダルが多くなってきておりますから、もしそんな中でわたくしが何かしらスキャンダルを起こそうものなら


「ガマンできなかった、ガモン!」


という見出しで週刊誌に出る事は間違いありませんし、おそらくわたくしの名前の「聞」の漢字も「悶」に改名しなくては活動出来なくなってしまうかもしれませんから、変態扱いされる前に辞めた事は今思えば適切な判断だったと自負しております。


で、何が言いたいのかと言いますと、四十二歳で体力が落ちて来たのでそろそろ運動でもしようかなと思った所存でございます。


疲れてくると下ネタの話をしたくなるって言いますからね、やはり体力はつけたいものです。

よし息子達とジムに通おう。


おわり。


築50年の家(約10坪)をフルリフォームしたら幾らかかるか。

突然ですが、家をリフォームしました

  

今現在わたくしが住んでいる家ではなく、わたくしが生まれた時に数年間住んでいた家を。

 

ちなみに番組とか、何かの企画ではありません。

 

その家は母親が所有している埼玉の川口市にある築50年の小さな一軒家で、ここ数年間古くなり過ぎて借り手がおらず空き家になっておりました。

 

世間では空き家問題も増えて来ていますし、このままにして近所に迷惑をかけてしまう事を母親はとってもとっても悩んでおりました。

  

「お父さん(わたくしの父親)が初めて買ってくれた家で思い出もあるからなるべく売りたくはないの、誰かに借りてもらいたいのどけど今の状態では住める状態ではないし、かと言ってリフォームにそんなにお金をかけたくないから何とかして頂戴」と、言う事でした。 

 

母親の無茶な気持ちを要約すると

 

私が死んだらあなたの物になるかもしれないのだから、お金を出し合って何とかしましょう

 

と言う解釈で間違いありませんでした。

 

 、いうわけで、自分もその家を覚えていないので早速見に行ってみますと、こんな感じでした。

 

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41年前、ここに住んでいたのですね。

 

築50年って、、、年期を感じますわ。

 

建坪は10坪弱といったところでしょうか。

 

懐かしさが微塵も込み上げて来ないので、中も見てみましょう。

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生まれた時、この部屋で寝ていたのですね、、、。

 

まぁ40年以上前の生まれた時の事など覚えている訳ないですがね。

 

ほぼ懐かしさは感じることはできませんでした。

 

、自分は豪邸に生まれたと今まで信じていたので、少しばかり自分の記憶リフォームする必要があると感じました。

 

さて、話はのリフォームに戻しまして。

 

流石に長く空き家にしてるとかなり劣化もあり、雨漏りだったり、床も抜けてたり家も傾いていたりと、ちょっとやそっとのリフォームではいかなそうです。

 

インターネットでリフォームについて調べましたら安くてこだわらなければ坪単価20万円から、それなりにこだわっていくと坪単価80万ぐらいが一般的だと書いてありました。

 

つまり、リフォームしようとしてる家が約10坪として、二階建てだから坪数は20坪になり、安くて400万円から、ガンガンこだわって1600万円ぐらいになると言う事なのでしょうかね。

 

母よ、リフォームしないでとっとと売ってくれ。

 

と、頭の中を一瞬よぎりましたが、そうは言っても家族の思い出の家ですからリフォームするしかないでしょう。

  

 

そもそもここまで劣化している家をリフォームして、どこまで有効利用出来るのか?

 

 

リフォームの知識がないわたくしがいくら考えても仕方ないので、リフォーム屋さんに相談しようと考えました。

 

 

しかし、リフォーム屋さんてインターネット見てても、いったいどこに頼めばいいんだ?と、そんなこんなでしばらく悩んでおりましたら偶然の出会いがありました。

 

 

今住んでいる家の下が店舗なのですが、その店舗の内装にリフォーム屋さんが来て工事してたのです。

 

 

なんたるタイミングの良さでしょうね、きっと日頃の行いが良かったんですかね。グフフ。

 

 

で、そのリフォームを仕切っていた、30代ぐらいの爽やかなリフォーム業者さんがいたので挨拶がてら相談してみましたら

  

 

「うーん、そうですねぇ、築50年ですから家を見てみないと何とも言えませんけど、10坪で二階建てとなると安くても600からな700万ぐらいですかね、築70年の家をリフォームした経験があるので多分大丈夫かと思いますよ、良かったら家を見て見積して来ましょうか?

 

と、言うことで見積をお願いしましたら数日後、見積書を3パターン持ってきてくれました。

 

パターン①

家の中の床、壁、キッチン、お風呂、トイレなどを全て新しいモノに取り替え、屋根は雨漏りを直して、外壁は塗装をする。賃貸に出せるであろうとにかく価格を抑えた最低限のリフォーム。

 

                    600万〜700万(税別)

 

「必要最低限ですが築50年なので、おそらく補強など予期せぬ事が出てくる可能性がありますので、これぐらいの幅は考えて下さい」との事でした。

 

パターン②

①同様に中は全て新しくして、トイレ、キッチンの場所など間取りを広く取って現代風にチェンジ。

屋根も取り替え、外壁もトタンをはがして「サイディング」を貼り、外も中もほぼほぼ新築にするフルリフォーム

 

                          900万〜(税別)

 

「最低限に価格を抑える為、材料のランクは下ですが、今のモノは安くても質が良いので長持ちしますし見た目も良く、選べる幅もあるので問題ないと思います、キッチンだけは良いものにしたい等の変更がありましたらサイズが合えば可能ですし、少しぐらいランクを変更しても材料の原価だけなので大幅には変わらないと思います」との事でした。

 

パターン③

リフォーム屋さん自ら自分が住んでみたいと思える家という面白い提案。②同様フルリフォームに加え、一階部分を半分ガレージにして、バイクなど趣味に勤しめるスペースを設け、リビングからそれを眺める事が出来るようにする。

 

                            1000万〜(税別)

 

「もし、賃貸に出されるのであれは、普通な物件ではなく少し変わった物件の方が賃料も高くなり、これから需要もあるのではないか、と思いまして提案させて頂きました。個人的には自分が住みたいと思うものです、家族というより1〜2人暮らし用です」

一階はザックリ書くとこんな感じとの事。

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と、いう感じで3パターン提案して頂きました。

 

 

で、うちの母もわたくしも即決

 

えっ何故?と思われるかもしれませんが、うちの母親もわたくしも「面白そう、楽しそう」にすこぶる弱いのです。

 

賃貸に出しても明らかに10年以内の回収の見込みが難しい金額なのですが、10坪の二階建て「どんな事になるか面白そうだ」となって即決でした。

 

いや、お金を出し合うにしても自分達にとっては結構大金なんですが、そうは言っても家族の思い出の家ですから楽しくありたいのです。

 

更に言えば、優先順位として一番は、母親の悩みを解決する事ですからね。

 

長くなりそうなので、結果どうなったかと言いますと、こちらの築50年の二階建てを

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この様にリフォームして頂きました

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玄関横のガレージを開けると

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バイクが趣味な方は、キッチンからずっと眺めていられるんですな。作品を作る様な作業をする人にも最高ですな。

中はこの様にリフォームしてもらいました。

 

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いやぁ、築50年の家をフルリフォームって想像以上ですな。

自分が趣味に没頭する家として使いたくなりました。

 

、今現在、誰が住んでいるかと言いますと

 

 

これを提案してくれたリフォーム屋さんが住んでおります。

 

リフォーム屋さんから「これ、すぐに賃貸に出されるんですか」と聞かれたので「はい、良かったら借りられますかwww?」と冗談で言いましたら

 

「いいんですか!?是非!」

 

と、なりました。(´⊙ω⊙`)

 

本当に「自分の住みたい家」を提案してくれていたんですねぇ、リフォームも本当に丁寧でしたし素敵な方です。

 

しかもここだけの話ですが、借ますか?と話す前なのに、(総額1000万の)消費税もまけてくれるわ、そのリフォーム屋さんが自らウッドデッキをってくれるわで、こちらもありがたい気分でした。

 

母親の悩みも解決しましたし、めでたしめでたし。

 

 

あれ、そういえば、、、家賃収入は母親だぞ、、、めでたいのか?

  

そうだった、、ドラクエの新作が発売されるんだった。

今のわたくしにとって、これは本当にマズい。

 

7月29日ドラゴンクエストの新作、ドラクエ11過ぎ去りし時を求めてが発売される。

 

すっかり忘れていたが、コンビニのチラシで今思い出した。

  

何がマズいって、大検(高卒認定試験)は八月なんですよ。

もう勉強が殆ど手付かずの状態で残り二ヶ月切ってるんですよ。 

でもって、試験勉強を追い込まなきゃいけない一番大切な時に発売なんて、、、もう、どうすればいいんだ、、、。

発売日ドラゴンクエストを始めたら、今のわたくしは間違いなく一科目も受からないでしょ。

 

 

いや「やらなければいいじゃん、バカなの?」って思うかも知れませんけど、そう言う貴方は出来ますか。

 

「えー。私ドラクエよりFFだしぃー」とかそんな話じゃありませんからね。

 

 

例えば、目の前に超絶超絶に大好きな人(大好きなアイドルとか)がいて「今日から私と遊んで楽しんでね♡」と言われて、それを断ち切る事が。

 

 

 

無理だよ!無理なんだよっ!絶っ対!出来るわけねぇだろ!出来るわけねぇだろ、、、人間だもの。

 

 

そんな事できる奴は、もはや人ではないよ、、、。

 

 

今のわたくしに「ゲームより勉強でしょ!」という人がいたら、間違いなく一生分かり合えないので縁を切ります。

 

 

 

白眼をむきながら勉強してるわたくしの横で息子達がドラゴンクエストをやっていて、チャラララッチャチャッチャー、とかレベル上がる音がしたら、テンション上がって「わーい」って、そのまま勉強をほっぽらかしにする事が容易に想像できます。

 

すぐに勉強を放棄して冒険する事間違いない。

 

今回のドラクエの戦闘はコマンド式になってるそうだし、公開されてる情報は少ないのだが、楽しそうなのこの上ないんですよ。

 

それにね、どれぐらいわたくしゲームに没頭するかを説明しますとね、昔「ベストゲーマー賞」を国際フォーラムで受賞したぐらいですからね、もうね「ベストジーニスト」みたいなもんですよ多分。

 

本当、誰かベストファーザー賞」とか俺にくれよ!

 

失礼しました、全然ベストじゃないから要らない。

もうこんな父親の時点でアウトだし。

 

何の話してたっけ?

 

あ、そうそう自分がゲームにどれぐらい没頭するかって話だ。

 

小学校の頃に寝ても覚めてもドラクエがどうしてもやりたかったのだが、親にゲーム禁止されていたので、近くのゴミ捨て場に捨ててあったテレビを直し、庭の物置を住める様に改造し、家から物置まで延長コードを引っ張って来て24時間体制でプレイ可能にして、学校から帰ったら部屋に篭るフリをしてドラクエに没頭していたんですよ。

 

いや、そんな話じゃなかった、ドラクエに勤しむと高卒認定試験に影響がでるからマズいって話だった。

 

自分は比較的に意志は強い方だと思うのだけど、それは自分の欲望を突き進める意志が強いのであって、好きでは無いものに対してはわたくしの強い意志は微塵も適応されない。

 

 

息子達よ、こんなポンコツな父さんを許しておくれ

 

 

さて、どうするか。

 

 

よし、そうだ、今から発売日まで、死ぬ気で勉強しょう。

 

これをニンジンにしよう。

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 試験に落ちて過ぎ去りし時を求めて とゲームをやってしまった事への後悔にならない為にも。

 

何故、学校の勉強が超絶出来ないのに四十二歳まで特に問題なく生きてこれたのか

地方にドラマの撮影に新幹線で向かっているので、その時間を大検(高卒認定試験)の勉強に充てようと思ったのだけど案の定はかどらない。

 

参考書を読もうとしても、いつの間にかボケーっと外の景色を眺めている。

 

なので、今日は考えてみようと思う。

 

「何故、学校の勉強が超絶出来ないのに四十二歳まで特に問題なく生きてこれたのか」

 

 

わたくしみたいに今現在、学校の勉強が本当に苦手な親が何かしら役立てて貰えれば、これは素敵な事ではなかろうかと思うので。

 

と、いう訳で試験勉強はとりあえず置いておいて考えてみたいと思います。

 

 

まず、わたくしのいう学校の勉強が超絶出来ないというのはどのレベルの事を言っているのかと言いますと、算数でいえば小学三年生の分数はわからなくて、掛け算九九はできるぐらい、国語でいえば好きな本を読むのはできるが、高校の国語の教科書までなるとなにを言ってるのかは意味不明で、漢文、古文は全くわかりません、英語は自分の要求、腹減った、眠い、クソ野郎、朝飯前だよ、など簡単なモノはわかりますが、文法は全くわかりません。その他の教科に関しては小学生三年生レベルかと。

 

 

つまり、高卒認定試験の過去問に挑戦しても国語の漢字の読み以外ほぼわからないぐらいのレベルで、公立の小学校のテストで平均点を取れるとしたら小学生三年生までかと。

 

 

次に、何事も無く四十二歳まで生きてこれた

 

 

これに関しては、定義が難しく「特に何事も無く」とは自分ではその様に思っているのですが、周りからしたら、「おいおい離婚はしてるじゃねぇか」とか「ラーメン屋さんをやる事は許可したが自分の名前と写真を使う事は許可してねぇよ、五千万よこせと前の所属事務所と揉めてたじゃねぇか」とか、十五歳の次男が「高校に進学しないって問題だろ」とか諸々言われたらこの話はおしまいなので、あくまで

 

 

問題というのは問題と感じたら問題なのであって、問題と感じて無いのであれば問題では無い

 

 

と、この場においてはそういう定義にしておきたいと思います。

 

つまりわたくしが言いたいのは、四十二歳の現在、自分で会社を立ち上げそろそろ十年になり、住宅ローンも終え、借金も無く、息子達も進学しないまでも元気に大きくなって手のかからない所まで来て、母親が介護になっても出来る限り大丈夫な様に想定して準備して今の所ストレスフリーで生活出来ている、といった人生ゲームのボードゲームで例えるならば半ば上がりの状態になっている、自分の人生なおいて学校の勉強が出来ない事で問題が発生する事は特に無くここまで来た、と、言った意味になります。もちろん、人生はゲームの様でゲームではないでしょうから、これからビックリする様な出来事も起こるかもしれませんがね。それはここでは置いておきましょう。

 

 

ちなみに学校の勉強が必要ないとか言ってるのではないですからね。いや、本当に正直な自分の気持ちを言えば、殆どの人は学校の勉強は小学生までで十分で、時代に合わせた沢山の選択肢があればいいんじゃね?昔の廃刀令みたいに、ムダに覚えるだけ勉強廃止令みたいのできてくんないかなぁ。もしくはわからない事の検索の仕方や、覚えたものの使い方を教えてくれる勉強とか増えたり、アホみたいに恋愛経験の多い先生の「恋愛の授業」とか出来てくんないかなぁ、とか色んな事は心で思ってますけど。

 

 

失礼、話がそれました。

 

 

で、何故そこまで学歴スペックの底辺のわたくしが普通に生きてこれたかと思う要因を考えてみたいと思います。

 

 

 

「自分を信じる力が半端ない」

 

 

もしかしたら、これに尽きるかもしれません。

わたくしの自分を信じる力は半端ありません。

人を信じる力も半端なく、様々な経験もしましたが、これは自分を信じているので、いつも「何とかなるだろう」と自分は乗り越えられると思い込んでおります。おそらく、「何かを信じる時」に自分を本当に信じている人と、自分を信じてない人の違いはかなり大きい気がします。

例えば、自分を微塵も信じてない人は他力本願でなんとかしようとする所が多いと思うので、変に人を信じたり、変なモノを信じて大変な事になった時、引き返す事や、考えを変える事が出来なかったり、人のせいにして思考が止まってしまったりするのではないかと思うのです。その結果、問題が長引いてしまったり、その事で人生が不安定になったりするのでは、と。逆に、本当に自分を信じている人はすぐに間違いや、おかしさに気がついて、軌道修正をしやすく、それを経験や、バネに更にパワーアップする人が多いと思うのです。

そもそも自分を信じてる人はノリでなんでも興味を持つ事はあっても、妄信的に何かを信じる事は少ないのではないかと。

 

それと同時にわたくしは信じてるという事は、自分の事を本当に大好きとも言えるかも知れません。

ここでいう自分の事が大好きは、自分の姿を鏡でみて「ヤベェ、俺カッコイイ」とナルシスト的な自分大好きではありませんからね。

 

確かにわたくしは鼻毛に白髪が生えて来ようが、ち◯毛に白髪が生えてきたりしていても、「ヤベェ、いい年の重ね方してるなぁ」とウットリはしますが、そこではありません。

 

自分の心だったり自分自信とどれだけ向き合って自分の事を知ろうと出来るか、という事ですからね。

これ、自分の事が相当好きじゃないと自分の嫌なな所やダメな所から目を背けてしまうと思いますから。

好きになるとそんな自分にも目を背けないで、しっかり向き合った上で、「そんな自分も良くね?だって人間だもの」と思います。

 

 あれ、これ、今もの凄く立派な事を書いてるんじゃね?

 

失礼、自画自賛して話がそれました。

 

何が言いたいのかといいますと、自分の人生を点で見れば数々の問題や困難があったかもしれませんが、ほとんどの問題には原因があるわけでして、その原因を見つけるのには、妄信的な考えだと抜けられないのではないかと思うのです。

問題には必ず原因があると言われておりますが、原因を取り除かないと似たような問題がやって来る事が自分の人生においてはほとんどでした。

そんな時、自分の事を本当に好きで信じてると「まぁ、オレ様ならなんとかなるだろう」となってとりあえず、しがらみや恐怖に思ってる事などを全てを放り投げる事が出来る訳です。

そうすると、思わぬ所にある問題の原因を見つけられて、その問題がクリアーになるわけです。

もう少しわかりやすく、言いますと、例えば金銭的な問題で揉める問題があったとします。

まぁ、世の中の問題の殆どは根底に金銭的なモノが絡んでいるとは思いますが、そんな時、普通、自分は損をしたくない、と考えてしまい、何とか今ある積み上げて来たモノを守ろうとします。

しかし、自分を本当にに信じてると「まぁ、オレ様なら、また一から稼げるから今あるものはとりあえずくれてやるよ」と考える訳です。そして解決。

逆に言うと自分を信じてない人は「これを取られたら俺は生きていけない、これが無くなったら人生を詰んでしまう、これがないと幸せが終わってしまう」などなど考え、問題が長引いて大きくなってしまうと思うのです。

「俺にはこの先稼げる力がない、一人でもう一からやっていく力がない」と、ある意味信じてるかもしれませんが、自分の無限大の可能性は信じて無いのでは?と思うのです。

自分を信じていればいるほど揉めてる時間も被害も最小で乗り越えて行くので、その分たくさんの経験を積めて似たような問題がやって来る事が少なくなり、同時に、その先の同じ様な問題に不安を感じなくなります。(わたくし思うに、問題は長引けば長引く程、段々と解決する事が無理ゲーに近くなる気がします)

 

そうなると、自分をどんどん信じる様になって絶大な自信になり、そんな自分を更に好きになって行きます。

 

そして、不安を恐れず、思い立ったら色んな事に挑戦します。

人がやらなそうな事にも率先して飛び込んで行き経験も多くなるので、意外と色んな分野で仕事やお金になってしまい、仕事に関しては困るという事が少なくなってくるんですよね。

 

例であげると、わたくし29歳ぐらいの時に所属していた事務所が経営不振になったので「じゃぁ、俺、飲食経験してみたいんでラーメン屋さんやってみようと思いますっ!」と、半年ぐらい知人の店でラーメン屋さんでバイトして、自分の名前のラーメン屋さん5店舗ぐらい出店しましたからね。(急激に儲かり過ぎて大変な目に遭いましたけど、これ興味ある人は過去の記事読んでくださいませ。)

 

 

 だから、学校の勉強が出来ない事で発生する問題はなく、ここまで生きてこれたのではないかと自分の主観では思いました。

 

これはあくまで、あくまでわたくしの人生においての話なのですからね。

 

いや、何度も言いますけど、学校の勉強は科学的な問題やテクノロジー的な問題は解決出来ると思いますから間違いなく必要ですよ。

 

それに、今楽しく生きれてるのは、「世の中の問題を少しでも無くそう」と、一生懸命勉強してきた方々のお陰で今の自分の身の回りの便利な生活がある訳ですからね、それを忘れてもいけません。

(超絶頭の良い兄もいつも助けてくれる事も忘れておりません)

 

その上で、自分は学校の勉強は出来なくても、人にはそれぞれの役割や役回りを見つけていければ行ければ良いと思い、現在のわたくしは父親として高卒認定試験に挑戦してる訳です。

 

が、こればっかりは一回で受かる気がしない、、、。

 

こればっかりは自分を信じる事が出来ない、、、なんでだろう。

 

 

明らかに矛盾が生じてるではないか、、、何故だ、、。

 

 

もうそろそろ新幹線が目的地に着くので、また今度考えよう。

 

 

 

勉強が苦手な親御さんに何か役に立てて貰える様な事を書ければと思ったのですが、、、、すいませんでした、なんのお役にも立たなくて、心よりお詫び申し上げます。

 

どうしよう、本当にマズい事になって来た

四十二歳にて大検(高卒認定試験)を受けようとしてるのだが、勉強が全くはかどらない。

 

Completely 

 

 

参考書に向かって勉強を始めようとすると、まぶたに重りが付いたのかと思うぐらい目が参考書を見ることを拒絶する。

 

数式や英単語を覚えようと紙に何度も書いていると、無意識に、全然似てないドラゴンボールベジータの落書きを書き始めてしまったりする。

 

これではマズいと思い、頭が健やかに冴えている朝に勉強をしようとニ時間ほど早起きを試みるが、いざ参考書に向かうとラリホーでもかけられたのかと言うぐらい眠くなり、早く起きた二時間を速攻で消費する。

 

試験は八月というのに超絶マズい事になってる。

 

 

こんな日記を書いてるがあるなら勉強しろよと思うのだけど、何故ここまで自分が勉強が出来ないのかわからないので自分と向き合うためにもあえて日記を書こうと思う。

 

 

最後に勉強していた時はいつだろう。

 

小学一年から二年は間違いなく勉強はしていたし、むしろ得意だったと思う、問題は多分三年生ぐらいから始まった気がする。

 

小学生三年生ぐらいからだっただろうか、確かその辺りから不登校気味になった。

 

 

不登校気味になった理由として思い当たるものは、当時、学級会で「かあいくんは親のお金を盗んで学校の帰り道でよく駄菓子を買食いをしています」とか「かあいくんはちんちんをだして走り回ってます」みたいな事を、数ヶ月に一回のペースでクラスの誰かが問題提起をしてクラスの皆んなでワイワイと話し合いというのがあった。

 

 

「そんなくだらん事を1時間も話し合うんじゃねぇよ」とか「俺だけじゃねえし、駄菓子を一緒に食った奴が言うんじゃねえよ」とか思いながらも黙って我慢していたのですが、先生が「なんでそんな事をするんですか?」と参戦した事で超絶先生の事を嫌いになってしまい、そこからわたくしが【先生=敵】みたいな考えに完全になってにしまい勉強が嫌いになりました。

 

そこから、反抗という反抗で宿題をやらなくなったり、そこから学校に行かなくなったりして勉強から離れて来た様に自分の主観では思います。

 

ちなみに、今書いてるのは当時の心境でして、本当にその当時の先生にはご迷惑をおかけしました、この場を借りて心よりお詫び申し上げます。

 

 

で、そんなこんなで不登校気味になったわたくしに八歳上の勉強大好きな兄が「お前、学校行かないなら劇団でも入れば」というのと、母親が「学校行かないなら家の仕事でもなんでも働きなさい」と言われたのがキッカケで児童劇団に入る事になり、これが更に勉強をやらない口実になりました。

 

劇団に入ると初めはエキストラだったり観覧の人、バラエティーの実験台みたいな事(当時、風雲たけし城という今でいうSASUKEみたいなバラエティーがあり、キノコでポンというアトラクションに子供が安全に出来るか)とかいったお仕事がちょくちょくあり、学校の先生に「仕事なんで」と言って学校を休み勉強を完全放棄してました。

 

「勉強は仕事する為にするんだろうけど、俺はもう自分で稼いで駄菓子だって自分の金で買えるんだぜ」

 

と、高い劇団の入学金を親に出してもらった事を知らないバキャなわたくしは意気揚々にしていたので、クラスの皆さんから鬱陶しがられていたのは言うまでもありません。

 

そんなこんなで勉強しないで中学二年生になりましたが、あまりにも鳴かず飛ばずだったので、そろそろ劇団やめて勉強すっかなと思い始めていたら「天までとどけ」という昼の連続ドラマのレギュラーに抜擢されました。

 

 

そこで、わたくしは

 

「君は勉強しなくてもいいんだよ」

 

神様がお告げをくれたのだと思い、更に勉強を放棄して、そのまま高校受験ではなく、ほぼ試験のない劇団の専門学校に進みました。

 

まぁ、その劇団の専門学校も即座に辞めてしまうのですがそれは置いておきまして、ザックリ話すとこんな感じで勉強から離れて行き、四十二歳まで来てしまったんですね。

 

 

おおよそ十歳から三十年間は勉強を放棄していたので当然ながら、いざ学校の勉強に取り組もうと思っても身体が拒絶してしまうんですな。

 

 

うーむ、これでは本当にマズい。

 

どうするか。頭にニンジンでもぶら下げるか。

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 しかし勉強が小学生レベルで止まっているのに、何で四十二歳まで何事も無く生きてこれたんだろう。

 

まぁ、頭が悪すぎて問題に気付かないというのは置いておいたとしても、これはこれで検証してみる価値はあると思う。

 

よし、考えてみよう。

息子が胸が痛いと訴えてきたので検査をしてきた。

 

先日、わたくしが仕事で地方行っている時に次男が電話で体調不良を訴えてきた。

 

 

寝てる時に胸が痛くなったそうだ。

 

 

学校行きたくないが為の仮病は限りなく多かったが、ここ数年、風邪などで体調を崩すことはほぼなかったのでわたくしは少し驚いた。

 

そして、次男から「病院に行く」と、言ってきた。

 

病院が苦手な次男なので、普段は絶対に病院に行きたいとは言わないのだけど、今までにない経験だったので怖くなったらしく病院にいく事をすぐに決意したらしい。

 


とりあえず急いだ方が良いと思い、長男に病院に付き添って貰い、心臓や肺に異常はないか心電図やらレントゲンやら、一通りの検査を受けるように伝え、わたくしは何かあったらすぐ戻れるようにホテルに戻って準備をしていた。

 

 

そして、検査が終わった次男からメールが届いた。

 

 

「余命3ヶ月だって」

 


と。

 

 

心臓が止まりそうになった。目の前が一瞬真っ暗になってベッドにしゃがみ込んでしまった。
まさかうちの息子がそんな深刻な事になるなんて思ってもいなかったし、近くにいなかったから更に気が動転してしまった。

 

オロオロしていたら、すぐに次男からまたメールが届いた。

 

 

 

金よこせ

 


と。

 

 

一瞬意味がわからなかった。

が、わたくしは込み上げる怒りをおさえながら

 

 

俺が今すぐにトドメを刺してやる

 

 

と、メールを返し、病院を出たらすぐに電話するように長男に伝えた。


で、すぐに次男から電話がかかってきたので

 


ゴルラぁぁ!貴様、言っていい冗談といって悪い冗談があんだよ、父さんの心臓がおかしくなりそうだったじゃねぇか、マジで帰ったら覚えておけ、それ相応の報いを受けさせてやる、しかもなんだよよこせって、死ぬ前にゲームに課金でもすんのか?オヤジをナメてんのかコラ?貴様の貯金を預金封鎖すんぞコラ、そもそも貴様はゲームばっかりやって運動なんかほとんどしねぇから体調不良になんだよ、自分の身体を大切にしろってあれほど口を酸っぱくして父さん言ってただろぅ、勉強しないとか出来ないとか素行が悪いとか、悪態をつくとかゲームやり過ぎとかそんな事は父さん人の事は言えないから怒らないけど、自分の健康を大事にしねぇとブチ切れんぞ、と、いっつも言ってんだろコラ」


みたいな感じてわたくしが言うと、次男


「いや、パパだから大丈夫だと思って、何言ってもビックリしないし、ママとか他の人にはそんな冗談言わないよぅ、てか今は痛いわけではないし全く問題なかったよ、今後はお兄ちゃんと運動しにジムに通うよぅ」

 

と、ケロリとした口調で言ってきた。


何言ってもビックリしない訳じゃなくて、ビックリして動揺してる父親の姿をみたら頼りなく思うだろうから落ち着いて見せてるだけだよ、、と思いながら長男に電話を代わって貰い詳しく聞くと

 

「一通りの検査をしてみたけれど、何処にも異常はなく、しいていえば痩せてるのと運動量が少ない事が気になるけど、若いので心臓の疾患は考えにくいので風邪のウイルスが胸に入った可能性が大きいそうだよ、先日転んで胸を打ったのを思い出したっ言ってたからそれもあるかもって」

 


と、長男はケラケラと笑いながら話してくれた。

 


まぁ、何事も無かったから良かったし、病院の先生から少し運動した方が良いよ、と言われた事により長男とジムに通うようになったので結果としては良かったのだけど、次男のわたくしに対する冗談はいつか仕返しをしてやろうと思っている。

 


「実は、お前は俺の子じゃないんだ」

 


ぐらいが同じ破壊力だろうか。

 


いや、次男はそういう事より

 


貴様のパソコンを破壊しておいた」の方が精神的にショックがデカいかな。

 

いや、、、でもそれで本当に体調壊されても困るからなぁ。 

 

 

何はともあれ息子達は元気でいてくれるのが一番ですわ。

 

 

四十二歳になって。

先日四十二歳になりました。

 

今年でようやく後厄も終わります。

 

恐らく興味ないと思いますが、わたくしが誕生日の日は何をしておりましたかと言いますと、をしておりました。

 

 

四十二歳で自分の事を見失ってしまって、今の自分は自分では無いと自分探しの旅に出ていた訳ではありません。

 

日本の旬を行く!路線バスの旅」という旅番組のロケ三重県に行っておりました。

 

 

ここ数年、旅番組のお話をちょいちょい頂くのですが、このを探しながらバスにのって旅をするという事が、これまた自分の知らない事を沢山知れて楽しいのですよねぇ。

 

どう言う事かと言いますと、思ってる以上に自分はなモノを知らないし、知っていたとしても、そのモノがどうやってつくられているか、どんな人がどんな思いで作っているか、食べ物など、なモノのとれたてのを食べた時の味、ではない時との違い、なモノの楽しみ方などなど、本当に沢山の知らない事に出会えたり体験が出来たりするのです

 

しかしまぁ、旅をしておりますと「河相我聞?知らないなぁ」と、自分がで無い事をあらためて同時に知る事にもなるんですけどね。うん、もうそれは何年も前から知ってはいるんですよ。痛いほどにね。ですがねこうやってたまに忘れても忘れられない感じで水面下で生きてるのも結構な事で、讃えて欲しいとも思うんですわ。(ちなみに自分の記憶が正しければ二十年前にテレビの世界でだった気がします、その時出した歌のタイトルは、たまに忘れてもずっと忘れない)

 

 

まぁ、そんな昔話は置いておきまして、なモノを探しながら旅をしていると、どの様な素敵な体験が出来るのかと言いますと

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 こんな普通の10倍もあろうかというキャベツに出会えたりします。

 

こちらのキャベツは「札幌大球キャベツ」といって、北海道では珍しいモノでは無いそうなのですが、畑一面に並んでいたり、直売所に積み上げてあるのを実際に見ると凄すぎて笑ってしまいます。

 

こう言ったものが沢山あり、すべて話すと長くなるので悩む所ですが、近い所で挙げますと先日放送しました沖縄の旅での旬なモノの体験が僕にとってかなり素敵な体験でした。

 

沖縄もずく

 

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普段からスーパーで沖縄産のもずくは食べていたものの、一体沖縄のもずくの旬はいつでどのように海にもずくがあるのか、どのように漁をするのかは全く知りませんでした。

 

 

旅をしながら、旬な情報を聞いていましたら4月から6月が沖縄もずくの旬で、丁度ロケをしているのが5月だったので沖縄もずくの水揚げをしている漁師さんの所に行き、水揚げした瞬間のモノを食べさせて貰う事が可能か尋ねてみました。

 

すると「せっかくだから沖縄もずくの漁も体験してみるか?」という事になり、いきなり沖縄もずく漁を体験させてもらえる事になりました。

 

ちなみに普通は体験出来ないそうで「テレビに出てる人がやった事は無いんじゃないかなぁ」と漁師さんはおっしゃってました。

 

マジ?俺凄くね?

 

と、胸を踊らせながら船で漁に向かう事、二十分ぐらいでしょうか、沖縄の青い海の真ん中に沖縄もずくの漁場に着きました。

 

 

沖縄もずくは海の中の五メートルぐらい潜った所に畑の様に養殖されております。

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で、それを潜ってホースの用なモノで吸い上げるのですが、その潜って漁をするのが簡単そうで難しいんですわ。

 

どういう事かと言いますと、普通は海に潜るのは酸素ボンベとかスキューバダイビングみたいに行けると思うじゃないですか、しかし体験させて頂いた所の漁は、船から太めのホースので酸素を少し大きめの水中マスクに送って貰い、腰に数十キロの重りを巻いて潜るのです。

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(こんな感じで。写真はわたくしではありません)

何が大変かと言いますと、水中マスクなので耳抜きが困難で耳が半端なく痛くなるのと、気を抜いていると水中マスクにガンガン水が入って来るので、漁をしながら水抜きしなければならなく、もし万が一水中マスクに水がいっぱいになってパニックになっても腰に付けてる重りを外さないと上に浮上しないので、水中に深く潜った事の無いわたくしには初めの五分は想像を絶する恐怖でしたが、克服しながら沖縄もずくをホースで吸い上げ、沖縄もずくの漁を体験しました。

 

で、船の上で採れたての沖縄もずくを頂いたのですが

 

マジうめぇっふ。

 

失礼、本当に美味しく、これがまた肉厚で更に海の塩加減ごいい塩梅で絶品なのです。

 

沖縄もずくは肉厚なのが特徴なのですが、水揚げした瞬間のモノを味わうと更に肉厚に感じられ、身体中に沖縄の海のミネラルが吸収されていく感覚になります。

 

やはりこういった感覚は実際体験してみないとわからないものです。

 

体験した事によって、この先に沖縄もずくを食べる時の気持ちも変わり、思い出に浸りながら更に美味しく食べれそうですし、ホント、なんでも挑戦してみるものですねぇ。

 

 

で、何が言いたいのかと言いますと、四十二歳になりましたが、これからも新しい事に挑戦し、探究心を持って人生を楽しんで行こう、と言った豊富でございます。

 

 

そして、誕生日の日に三重に行った「日本の旬を行く!路線バスの旅」はBS-TBSにて6月20日の夜8時から放送の予定です。

  

41歳になって高卒認定試験を受けようとするとどうなるか

高校に進学しないと頑なに決めたうちの次男に対して、自分は高校を出ていないので「高校ぐらい行っとけ」とか「学歴は大切だ」と、父親として何も言えなかったので、41歳後厄のわたくしは大検(高卒認定)を受ける事にしました。

 

 

次男が「やはり高校に行って勉強すればよかった」とか「専門的に何かを勉強したい」と思った時に父親として経験を通じて解決策を教える事が出来るようになっておきたいのです。

 

 

 

まぁ、 そう言った父親としての気持ちもありながら

 

 

面白そうだし、ノリで受けてみるか (・ω・)ノ

 

 

と言う気持ちも、正直、半分あります。

 

 

いやね、いやね、わたくしこう見えて会社を起したり、親になるのが早かったりと、人生勉強においてはソコソコな経験値はある方だとおもいますし、自分の超絶頭が良いし、自分がたまたま勉強しなかっただけでやればできる子かもしれないし、ドラマで知能犯のとか演じてきましたし、学校の先生の役とかも演じてきましたし、なんだかんだ言っても高校までの勉強ですからね、だから

 

 

 

意外と、楽勝なんじゃね?

 

 

 

と、心の何処かで思ってしまってるんですわ。

 

 

 

しかも、長男も次男も大学に行く気がないし、あくせく貯めた学費も宙ぶらりんになってますから、代わりに父さんが大学でも行ってやろうか?みたいな気分なんです。

 

あくまでも、気分です。

 

 

(ちなみに、これは番組の企画とかでは無いですからね、万が一そんな企画を頂いても受けませんからね)

 

 

何はともあれ、高卒認定が自分にとってどれぐらいの難易度なのかを調べる為に本屋さんに行き過去問題集を買ってまいりました。

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これがまた結構な厚さがあるんですな。

 

とりあえず、国語、英語、数学、主要な三教科から攻めてみました。

 

 

、結論から言いますと

 

 

 

全く解けませんでした。

 

 

見事、解りません。

 

 

そりゃそうですよね、小学三年からほぼ学校の勉強してないんですもの。

 

ホント、よく今まで問題無く生きてこれたと自分で感心します。いや、問題が起きた事にも気付いて無いのかもしれませんがね。

 

 

 

こうなったら、家庭教師でもお願いするしかないですかねぇ。

 

 

 

でも、仮にお願いしても家庭教師が「さっそく勉強始めましょう!」と息子に教えようとしたら、机に待機しているのが父親

 

 

 

 

!?お父さんの方ですか?!

 

え?お父さんの方ですか?!

 

 

 

 

と、間違いなくをひんむいてビックリするでしょう。

 

 

そんな家庭教師に

 

 

「学歴と言うものは人生の選択肢を広げる一つの手段だと思います、私は父として息子の人生の選択肢を広げてあげたいと思ってるんです」

 

 

と、わたくしは真っ直ぐな眼差しで言おうと思います。

 

 

そんな事を言ってる父と家庭教師に息子お茶を入れながら

 

 

「すいませんねぇ、うちの父、四十一歳にもなって僕の為高卒認定試験を受けたいなんて言い出すものですから、、、もう、うちの父、言い出したら聞かないんです」

 

 

と、言う姿が目に浮かびそうです。

 

 

 

さて、どうするか。

 

 

試験は8月で、今は5月もうすぐ6月、、、。


願書も出してしまったし、もう後には引けないし、、、。

 

 

父として考えなければならない時が来たようだ

もう2月中旬なんですな。

 

 

年も明けてしばらくたったのだけど、気分新たにという感じでもなく、いつもの様にほのぼのと一日が過ぎて行く今日この頃。

 

 

22歳の長男は最近は以前に増して家に帰ってくる事は少なくなったが、たまに顔を合わせた時に話すと「色々と今後の人生について考えてるんだよね」と、その時々に考えてる事を話してくれる。

 

高校を卒業してから大学には行かないで役者を目指す選択をした長男は、周りの友達もそろそろ就職につき始める頃だというのもあってか少し焦って来ているそうだ。

 

「色々やってみたいけど、頭で考え過ぎちゃって一歩踏み出せないんだよねぇ」と、ケラケラと笑ってわたくしに話してくれるのだが、確かに少し前まで、バイトの日はバイトの時間ギリギリまで寝ていたり休日はゲームに勤しんでいたりと、わたくしから見てても、役者になりたいのか、いったい何を目指してるのかわからなくなる事も少なくなかった。

 

 

しかし、最近ではバイトがない日も朝早起きして出掛けていたり、ジムに通って身体を鍛え始めたり英語を勉強したりと、ようやく一歩進もうとしてるのか、行動が少しづつ変わってきてる様にも見える。

 

 

わたくしは思うのですが、 役者になるのは誰でも出来ると思うのです。資格とか無いですし「俺、役者やってます」って言い切ってしまえば役者さんだと思いますし、役者さんの定義は何なんですかね、長い目で見たら最低限の技術は必要だと思いますが、お芝居の出来る出来ないは少しばかり有名になるにあたっては昨今は関係なくなってる様にも思えますし、出演料を頂いて演じさせて貰っている以上は俳優さん、もしくは役者さんになるのですかね。難しいな。

 

 

きっと長男は役者になろうと思って役者を目指してみたものの、役者になる事と役者で生活して行ける様になるのは違う次元だと感じる所に来たのでしょうかね、色々と考えている様子です。

 

 

宝くじ当たる様な確率で有名になって、そのブームが過ぎオワコンと言われる様になってドン底までいって、そこから役者としてまた輝いたら本物なんだろうなぁ、と、わたくしの中では思っております。

 

と、なると、わたくしは未だ偽物です。グハッ!

 

 

「偽物の方が圧倒的に価値がある、そこに本物になろうと思う意思があるだけ偽物の方が本物より本物だ」と、西尾維新さんの偽物語の中で素敵なセリフがあったなぁ。

 

 それはそれで置いておきまして、父さんは遠くからドキドキしながら長男の行く末を見守りたいと思います。

 

 

一方、中学三年生の次男

 

 

 

こちらが大変な事になってるんですわ。

 

 

あまり大きな声では言えませんが

 

 

 

次男が高校に進学しない事がほぼ決定しました。

 

 

 

もう、ここに至るまで次男沢山の話し合いを重ねて来ましたが話すと長くなるので、かいつまんで話ますと、高校には行かないで働きたいという次男とこんな感じのやりとりがありました。

 

 

「高校に行ってない父さんが言うのもなんだけど、ママも周りの人もせめて高校ぐらいは行きなさいと君の事を思って言ってくれてるから、その気持ちを汲んで一応、高校に入学するぐらいはしてみても良いと思うんだけど、入学してどうしてもどうしても合わないならそれはそれで仕方ないし、、、」

 

 

次男「え?それは途中でやめるって事?そんな勿体無い事出来ないよ、父さんが一生懸命稼いだお金をドブに捨てる様な事

 

 

「いやいや、そんな泣けてくる様な事言わないでよ、ドブに捨てないように学問に励んでみてもよいのよ、良かれと思って父さん君の学費をコツコツ積み立てて来たのだから、まぁ、お金の事は良いとして、やっぱり高校に行くと行かないでは、後々の就職に影響する事もあるかもしれないし後悔するかもよ」

 

 

次男「いや、後悔するのは自分の問題だし、働き始めて高校が必要だと思ったら通信高校とか父さんの兄さんみたいに大検を取るから」

 

 

 

「うん、まぁ、それも良いと思うんだけど、父さんの兄さんは父さんと違って頭の出来が違うからねぇ、あと、あれだよ、高校生活でしか味わえない経験とか友達も出来るかもしれないよ」

 

 

次男「それは、逆に高校に行かないで働く事でしか味わえない経験とかもあるじゃん、それに友達は今で充分

 

 

「父さんみたいな屁理屈言わないの。あれなんだよ、ほら、父さん一応テレビとか出させてもらってるし、世間体とかあるわけよ、こんなご時世だし父さん少しばかり世間を気にしたい訳だよ」

 

 

それを聞いた次男はチラリとわたくしの顔をみて優しくこう言いました。

 

 

「大丈夫だよ、父さんは世間を気にしてるかもしれないけど、世間は父さんを気にしてないから

 

 

グハッ

 

 

といった感じの話になりました。

 

 

 

そんなこんなで結論として思うのは、息子が問題ではなく父親が問題だなと。

 

 

もうね、学校や勉強の事に関しては、頭が小学生で止まってるわたくしの様な父親が何を言っても説得力がなさ過ぎるんです。

 

 

 

自分はたまたま学校に行かないでも今まで困る事なく成り立って来ただけで、そうそう簡単には同じようには行かないと思っておりますが、ちゃらんぽらんに生きてる父親を見てると、人生チョロいって、思ってしまってるのかもしれません。

 

  わたくしとしては、勉強は必要になったらすれば良いし、自分の意思がはっきりとあって高校に行きたくないならそれはそれで良いと思っています。

 

 

が、それは自分の人生だけで経験した偏った考え方ですし、後々「やっぱ生まれて来る親を間違えたわ」と思われないように、そろそろ父親として真剣に考えなければならない時が来たようです。

 

 

と、言う訳で

 

 

 

わたくし今年は大検(今は高卒認定)を受けようと思います。

 

 

もし高卒認定が受かって高卒の資格がもらえたとしたら逆に「なんだ、後からでも高卒になれるなら高校に行かなくて良いじゃん」と次男は言い兼ねないのですが、せめて、せめて父さんは勉強は嫌いだけどやれば出来るんだ、やってないのは出来ないと同じ事だ、やっぱり高校卒業の資格ぐらい持っておかなきゃ」と、親として胸を張って言えるよう頑張りたいと思います。

 

 

さて、何から始めよう。

 

 

出来るのか、、、、今のわたくしの頭で。

四十一歳になりまして

コメントやメッセージを頂きましてありがとうございます。

 
コメントやメッセージをくれなかった方もお気持ちだけで、お気持ちだけで結構でごさいます。そしてご愛読ありがとうございます。
 
 
 
さて、わたくし四十一歳になりました。
 
 
厄年ですが自分は役者だと思い厄払いは行っておりません。大変な事があればあるほど役者にとっては肥やしになると信じておりますゆえ。
 
 
それはさて置き先日四十歳になったかと思えば、あっと言う間で四十一歳。
 
歳を重ねるにつれ、時間が過ぎるのが早いとは聞いてはいましたが、いやはやこれ程までに早いとは思いもしませんでしたわ、想像以上です。
 
男性の平均寿命は七十歳と言われております。
 
このまま平均寿命までわたくしが全う出来るとすると人生は残り約三十年しかありません、いやよく考えると、寝ている時間が一日のうち8時間はあるので三十年のうち三分の一は寝てる事になり、その時間を引くと起きてる残りの人生は約二十年になります。
 
二十年も恐らく、一瞬なのでしょうな。
 
長男が二十歳になるのもあっと言う間でしたからね。
 
で、これから、更に毎日を大切に生きて行こう、と考えたのですが、そもそも更に毎日を大切ってどうすれば良いのかね。
 
 
やっぱりゲームとか止めるべきなのかね。
いや、ゲームは誰がなんと言おうと、わたくしにとってはとても有意義時間だ。そもそもゲームで時間を大切にしてないって言うのであれば、ゲームを作ってる人に失礼だ、うん。
 
 
あれかな、メッチャ早起きしてスケジュールを夜までギッチギチに詰め込めば良いのかな。
 
いやそれで身体を壊して病気にでもなったら休まなきゃいけないから時間が勿体無い。
 
しかし、病気になる事で健康のありがたみがわかるから必ずしも無駄では無いかもしれないし。
 
病気になって病院でゲーム三昧って事も出来るかもしれないけど、大好きなゲームとはいえ、それもなんか違うし、そもそも健康でありたいし健康であってこそ毎日を大切に感じられるはずだ。
 
スケジュールを無駄なく詰めるにしても、詰め込むモノを何にするかが考え所だし。
 
 
どうすれば「ヤベェな、俺の人生、超有意義だったなぁ」と年をとって家の縁側でお茶を飲みながら沈む夕日を眺め呟く事が出来るのだろう。
 
やっぱあれかな、まだ元気なウチになんかデカイ事をやらかすかな。
 
大きな借金を背負ったり、大病したり、刑務所に入る事のどれか一つでも乗り越えると男としては一人前だ、とかトチ狂った事を言ってる人がいたような気がするが、それも自分で好き好んで飛び込む事は出来ないしなぁ。
 
子供達にも迷惑も心配もかけたくないしなぁ。
 
しかし心配や迷惑をかけない様に自分なりに細心の注意を払って生きてきたつもりなんだけど、何故だか多大な迷惑も心配もかけてたしなぁ。
 
 
 
と、四十一歳を迎えて考えております。
 
 
で、1時間ぐらい考え抜いた結果
 
 
 
今まで通り、表向きはソコソコちゃんとした大人のフリをして、程よくまわりに迷惑をかけつつ、気分のままにやりたい事をやって生きて行きましょう。
 
と。
 
これが今の自分にとってはそれなりに毎日を大切に生きてる事になるのではなかろうか、そう思う事にして、四十一歳も生きていこうとなりました。
 
 
 
 
ヨイコハマネシナイヨウニ
 
おわり