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かあいがもん「お父さんの日記」

男の子二人の父親が日々の悶々を綴ってます。

41歳になって高卒認定試験を受けようとするとどうなるか

高校に進学しないと頑なに決めたうちの次男に対して、自分は高校を出ていないので「高校ぐらい行っとけ」とか「学歴は大切だ」と、父親として何も言えなかったので、41歳後厄のわたくしは大検(高卒認定)を受ける事にしました。

 

 

次男が「やはり高校に行って勉強すればよかった」とか「専門的に何かを勉強したい」と思った時に父親として経験を通じて解決策を教える事が出来るようになっておきたいのです。

 

 

 

まぁ、 そう言った父親としての気持ちもありながら

 

 

面白そうだし、ノリで受けてみるか (・ω・)ノ

 

 

と言う気持ちも、正直、半分あります。

 

 

いやね、いやね、わたくしこう見えて会社を起したり、親になるのが早かったりと、人生勉強においてはソコソコな経験値はある方だとおもいますし、自分の超絶頭が良いし、自分がたまたま勉強しなかっただけでやればできる子かもしれないし、ドラマで知能犯のとか演じてきましたし、学校の先生の役とかも演じてきましたし、なんだかんだ言っても高校までの勉強ですからね、だから

 

 

 

意外と、楽勝なんじゃね?

 

 

 

と、心の何処かで思ってしまってるんですわ。

 

 

 

しかも、長男も次男も大学に行く気がないし、あくせく貯めた学費も宙ぶらりんになってますから、代わりに父さんが大学でも行ってやろうか?みたいな気分なんです。

 

あくまでも、気分です。

 

 

(ちなみに、これは番組の企画とかでは無いですからね、万が一そんな企画を頂いても受けませんからね)

 

 

何はともあれ、高卒認定が自分にとってどれぐらいの難易度なのかを調べる為に本屋さんに行き過去問題集を買ってまいりました。

f:id:otousan-diary:20170508161425j:image 

これがまた結構な厚さがあるんですな。

 

とりあえず、国語、英語、数学、主要な三教科から攻めてみました。

 

 

、結論から言いますと

 

 

 

全く解けませんでした。

 

 

見事、解りません。

 

 

そりゃそうですよね、小学三年からほぼ学校の勉強してないんですもの。

 

ホント、よく今まで問題無く生きてこれたと自分で感心します。いや、問題が起きた事にも気付いて無いのかもしれませんがね。

 

 

 

こうなったら、家庭教師でもお願いするしかないですかねぇ。

 

 

 

でも、仮にお願いしても家庭教師が「さっそく勉強始めましょう!」と息子に教えようとしたら、机に待機しているのが父親

 

 

 

 

!?お父さんの方ですか?!

 

え?お父さんの方ですか?!

 

 

 

 

と、間違いなくをひんむいてビックリするでしょう。

 

 

そんな家庭教師に

 

 

「学歴と言うものは人生の選択肢を広げる一つの手段だと思います、私は父として息子の人生の選択肢を広げてあげたいと思ってるんです」

 

 

と、わたくしは真っ直ぐな眼差しで言おうと思います。

 

 

そんな事を言ってる父と家庭教師に息子お茶を入れながら

 

 

「すいませんねぇ、うちの父、四十一歳にもなって僕の為高卒認定試験を受けたいなんて言い出すものですから、、、もう、うちの父、言い出したら聞かないんです」

 

 

と、言う姿が目に浮かびそうです。

 

 

 

さて、どうするか。

 

 

試験は8月で、今は5月もうすぐ6月、、、。


願書も出してしまったし、もう後には引けないし、、、。

 

 

父として考えなければならない時が来たようだ

もう2月中旬なんですな。

 

 

年も明けてしばらくたったのだけど、気分新たにという感じでもなく、いつもの様にほのぼのと一日が過ぎて行く今日この頃。

 

 

22歳の長男は最近は以前に増して家に帰ってくる事は少なくなったが、たまに顔を合わせた時に話すと「色々と今後の人生について考えてるんだよね」と、その時々に考えてる事を話してくれる。

 

高校を卒業してから大学には行かないで役者を目指す選択をした長男は、周りの友達もそろそろ就職につき始める頃だというのもあってか少し焦って来ているそうだ。

 

「色々やってみたいけど、頭で考え過ぎちゃって一歩踏み出せないんだよねぇ」と、ケラケラと笑ってわたくしに話してくれるのだが、確かに少し前まで、バイトの日はバイトの時間ギリギリまで寝ていたり休日はゲームに勤しんでいたりと、わたくしから見てても、役者になりたいのか、いったい何を目指してるのかわからなくなる事も少なくなかった。

 

 

しかし、最近ではバイトがない日も朝早起きして出掛けていたり、ジムに通って身体を鍛え始めたり英語を勉強したりと、ようやく一歩進もうとしてるのか、行動が少しづつ変わってきてる様にも見える。

 

 

わたくしは思うのですが、 役者になるのは誰でも出来ると思うのです。資格とか無いですし「俺、役者やってます」って言い切ってしまえば役者さんだと思いますし、役者さんの定義は何なんですかね、長い目で見たら最低限の技術は必要だと思いますが、お芝居の出来る出来ないは少しばかり有名になるにあたっては昨今は関係なくなってる様にも思えますし、出演料を頂いて演じさせて貰っている以上は俳優さん、もしくは役者さんになるのですかね。難しいな。

 

 

きっと長男は役者になろうと思って役者を目指してみたものの、役者になる事と役者で生活して行ける様になるのは違う次元だと感じる所に来たのでしょうかね、色々と考えている様子です。

 

 

宝くじ当たる様な確率で有名になって、そのブームが過ぎオワコンと言われる様になってドン底までいって、そこから役者としてまた輝いたら本物なんだろうなぁ、と、わたくしの中では思っております。

 

と、なると、わたくしは未だ偽物です。グハッ!

 

 

「偽物の方が圧倒的に価値がある、そこに本物になろうと思う意思があるだけ偽物の方が本物より本物だ」と、西尾維新さんの偽物語の中で素敵なセリフがあったなぁ。

 

 それはそれで置いておきまして、父さんは遠くからドキドキしながら長男の行く末を見守りたいと思います。

 

 

一方、中学三年生の次男

 

 

 

こちらが大変な事になってるんですわ。

 

 

あまり大きな声では言えませんが

 

 

 

次男が高校に進学しない事がほぼ決定しました。

 

 

 

もう、ここに至るまで次男沢山の話し合いを重ねて来ましたが話すと長くなるので、かいつまんで話ますと、高校には行かないで働きたいという次男とこんな感じのやりとりがありました。

 

 

「高校に行ってない父さんが言うのもなんだけど、ママも周りの人もせめて高校ぐらいは行きなさいと君の事を思って言ってくれてるから、その気持ちを汲んで一応、高校に入学するぐらいはしてみても良いと思うんだけど、入学してどうしてもどうしても合わないならそれはそれで仕方ないし、、、」

 

 

次男「え?それは途中でやめるって事?そんな勿体無い事出来ないよ、父さんが一生懸命稼いだお金をドブに捨てる様な事

 

 

「いやいや、そんな泣けてくる様な事言わないでよ、ドブに捨てないように学問に励んでみてもよいのよ、良かれと思って父さん君の学費をコツコツ積み立てて来たのだから、まぁ、お金の事は良いとして、やっぱり高校に行くと行かないでは、後々の就職に影響する事もあるかもしれないし後悔するかもよ」

 

 

次男「いや、後悔するのは自分の問題だし、働き始めて高校が必要だと思ったら通信高校とか父さんの兄さんみたいに大検を取るから」

 

 

 

「うん、まぁ、それも良いと思うんだけど、父さんの兄さんは父さんと違って頭の出来が違うからねぇ、あと、あれだよ、高校生活でしか味わえない経験とか友達も出来るかもしれないよ」

 

 

次男「それは、逆に高校に行かないで働く事でしか味わえない経験とかもあるじゃん、それに友達は今で充分

 

 

「父さんみたいな屁理屈言わないの。あれなんだよ、ほら、父さん一応テレビとか出させてもらってるし、世間体とかあるわけよ、こんなご時世だし父さん少しばかり世間を気にしたい訳だよ」

 

 

それを聞いた次男はチラリとわたくしの顔をみて優しくこう言いました。

 

 

「大丈夫だよ、父さんは世間を気にしてるかもしれないけど、世間は父さんを気にしてないから

 

 

グハッ

 

 

といった感じの話になりました。

 

 

 

そんなこんなで結論として思うのは、息子が問題ではなく父親が問題だなと。

 

 

もうね、学校や勉強の事に関しては、頭が小学生で止まってるわたくしの様な父親が何を言っても説得力がなさ過ぎるんです。

 

 

 

自分はたまたま学校に行かないでも今まで困る事なく成り立って来ただけで、そうそう簡単には同じようには行かないと思っておりますが、ちゃらんぽらんに生きてる父親を見てると、人生チョロいって、思ってしまってるのかもしれません。

 

  わたくしとしては、勉強は必要になったらすれば良いし、自分の意思がはっきりとあって高校に行きたくないならそれはそれで良いと思っています。

 

 

が、それは自分の人生だけで経験した偏った考え方ですし、後々「やっぱ生まれて来る親を間違えたわ」と思われないように、そろそろ父親として真剣に考えなければならない時が来たようです。

 

 

と、言う訳で

 

 

 

わたくし今年は大検(今は高卒認定)を受けようと思います。

 

 

もし高卒認定が受かって高卒の資格がもらえたとしたら逆に「なんだ、後からでも高卒になれるなら高校に行かなくて良いじゃん」と次男は言い兼ねないのですが、せめて、せめて父さんは勉強は嫌いだけどやれば出来るんだ、やってないのは出来ないと同じ事だ、やっぱり高校卒業の資格ぐらい持っておかなきゃ」と、親として胸を張って言えるよう頑張りたいと思います。

 

 

さて、何から始めよう。

 

 

出来るのか、、、、今のわたくしの頭で。

四十一歳になりまして

コメントやメッセージを頂きましてありがとうございます。

 
コメントやメッセージをくれなかった方もお気持ちだけで、お気持ちだけで結構でごさいます。そしてご愛読ありがとうございます。
 
 
 
さて、わたくし四十一歳になりました。
 
 
厄年ですが自分は役者だと思い厄払いは行っておりません。大変な事があればあるほど役者にとっては肥やしになると信じておりますゆえ。
 
 
それはさて置き先日四十歳になったかと思えば、あっと言う間で四十一歳。
 
歳を重ねるにつれ、時間が過ぎるのが早いとは聞いてはいましたが、いやはやこれ程までに早いとは思いもしませんでしたわ、想像以上です。
 
男性の平均寿命は七十歳と言われております。
 
このまま平均寿命までわたくしが全う出来るとすると人生は残り約三十年しかありません、いやよく考えると、寝ている時間が一日のうち8時間はあるので三十年のうち三分の一は寝てる事になり、その時間を引くと起きてる残りの人生は約二十年になります。
 
二十年も恐らく、一瞬なのでしょうな。
 
長男が二十歳になるのもあっと言う間でしたからね。
 
で、これから、更に毎日を大切に生きて行こう、と考えたのですが、そもそも更に毎日を大切ってどうすれば良いのかね。
 
 
やっぱりゲームとか止めるべきなのかね。
いや、ゲームは誰がなんと言おうと、わたくしにとってはとても有意義時間だ。そもそもゲームで時間を大切にしてないって言うのであれば、ゲームを作ってる人に失礼だ、うん。
 
 
あれかな、メッチャ早起きしてスケジュールを夜までギッチギチに詰め込めば良いのかな。
 
いやそれで身体を壊して病気にでもなったら休まなきゃいけないから時間が勿体無い。
 
しかし、病気になる事で健康のありがたみがわかるから必ずしも無駄では無いかもしれないし。
 
病気になって病院でゲーム三昧って事も出来るかもしれないけど、大好きなゲームとはいえ、それもなんか違うし、そもそも健康でありたいし健康であってこそ毎日を大切に感じられるはずだ。
 
スケジュールを無駄なく詰めるにしても、詰め込むモノを何にするかが考え所だし。
 
 
どうすれば「ヤベェな、俺の人生、超有意義だったなぁ」と年をとって家の縁側でお茶を飲みながら沈む夕日を眺め呟く事が出来るのだろう。
 
やっぱあれかな、まだ元気なウチになんかデカイ事をやらかすかな。
 
大きな借金を背負ったり、大病したり、刑務所に入る事のどれか一つでも乗り越えると男としては一人前だ、とかトチ狂った事を言ってる人がいたような気がするが、それも自分で好き好んで飛び込む事は出来ないしなぁ。
 
子供達にも迷惑も心配もかけたくないしなぁ。
 
しかし心配や迷惑をかけない様に自分なりに細心の注意を払って生きてきたつもりなんだけど、何故だか多大な迷惑も心配もかけてたしなぁ。
 
 
 
と、四十一歳を迎えて考えております。
 
 
で、1時間ぐらい考え抜いた結果
 
 
 
今まで通り、表向きはソコソコちゃんとした大人のフリをして、程よくまわりに迷惑をかけつつ、気分のままにやりたい事をやって生きて行きましょう。
 
と。
 
これが今の自分にとってはそれなりに毎日を大切に生きてる事になるのではなかろうか、そう思う事にして、四十一歳も生きていこうとなりました。
 
 
 
 
ヨイコハマネシナイヨウニ
 
おわり
 
 
 

監督さんからの助言が深かった

次男は小学生の時に映画のお仕事をさせてもらっている。

 
その映画の撮影が終わった時、監督さんから言われた事があった。
 
「お父さん、彼の感性は俳優としてとても良いものを持ってると思います、もしこれから彼が俳優さんを目指すのなら、現場に行った時など無理矢理挨拶をさせる様な事はさせないで欲しい、挨拶したい時もあればそうでない時もある、その気持ちを無視して無理にいい子にさせてしまうと彼の持ってる持ってる良さが消えてしまうと思います、は例え態度は悪くてもセリフを覚えて仕事さえちゃんとしてくれたら、私は良いと思ってます」
 
その時は監督に言ってもらった事の意味が理解出来なかった。
 
いやいや、幾ら演技が出来ても素晴らしい素質を持っていても、きちんと挨拶や礼儀など出来ないと俳優の仕事は続けるのは困難でしょう。と。
 
 
しかしよくよく考えると、自分が小さい頃に所属していた劇団では挨拶や礼儀などを徹底的に注意されていて、その当時に演技が上手で、きちんと挨拶や礼儀をしていた子は沢山いたが今でもお芝居の仕事を続けてる人はほぼいない。
 
何故だろう、あれだけキチンとした子役だったのに。
 
もしかしたらそれは、わたくしの見た範疇だけの話かもしれないし、お芝居の仕事は安定が無いから辞めてしまったのかもしれないけど。
 
 
ただ、親に言われて挨拶をする、親に言われて感謝の言葉を述べる、親に言われて謝るなど、誰かに言われてやらされている挨拶や礼儀は本人の意思とは裏腹な事が多い気がする。
 
 
 
これには心が伴ってはいないのではなかろうか。
 
 
間違いなく挨拶や礼儀は大切だと思うが、それよりもそれをする心大切であって、決まりきった形だけのモノは、言われても、やって貰っても嬉しい事はほぼ無い。 
 
大人でも、口先では挨拶や感謝を述べるのに、人の見ていない所で悪態を吐く人は何処と無く信頼出来ない、逆に挨拶も態度が悪くても慕われてたりなんだか憎めない人も稀にいたりするし。 
 
お店などでも気持ちの無いマニュアル通りの接客の感謝の言葉に自分は違和感を感じる時もある。
 
挨拶や礼儀はそこに心が伴っていなければただの形なのだろう。
 
 
 
つまりのところ監督は「挨拶や礼儀も大事だが、色んな役を演じるにあたり、本当の自分の気持ちはもっと大事だよ、普段から形だけの事をしていたら演技も心がない形だけのモノになってしまう、本当に俳優がやりたい仕事なら自分で考えて挨拶も礼儀もキチンと心から出来る様になるだろうし、今は子供なんだから」と言ってくれたのではなかろうか、と。
 
自分の子供の礼儀や挨拶が出来てないと、キチンと子供のが出来ない親と思われるのが嫌で「ほら、ちゃんと挨拶しなさい、モノを貰ったらありがとうでしょ」とか言ってしまうんですがね、難しいところですわ。
 
そもそも子供に言う前に先ずは自分だよな、、、自分の礼儀や挨拶も人から見たら出来てるか怪しいし、、、、あれ、、、自分は誰から礼儀を学んだんだろう、、、記憶にないな。
 
 
と、そんな事を考えていましたら、隣でパソコンゲームをしている次男
 
「父ちゃん、俺、腹へった、今日は肉が食いてぇ気分なんだ、晩飯は肉にしてくれよ肉ぅ
 
と言い放って来ました。
 
それがまるで使いっパシリに、ぁあ今日の昼メシ、焼きそばパンが食いてぇなぁ、と言ってる様な言い方だったので
 
「ぁんだと、コラ、父さんはオメェの家政婦さんじゃねぇのよ、今から学校の勉強を完全放棄しようとしてるゲーム大好き引きニート予備軍が飯の事で偉そうな事言ってんじゃねぇぞ、父ちゃんは今日はさっぱりしたものが食いてぇんだよ、食いたいモノがあるなら中学生なんだから自分でスーパーに行って買ってこいや」
 
と、眉間にシワを寄せてわたくしが言いましたら
 
「うーん、わかったよぅ、晩御飯は何でもいいよぅ、父ちゃんの好きなモノで、父ちゃんがいつも作ってくれる御飯は何でも美味しいから
 
と、予期もしない嬉しい言葉がが返ってきました。わたくしのツボを心得てるというか何というか、考えてるのか考えてないのか、次男は本当にわたくしの扱いが上手い。
 
あまりの嬉しさにわたくしはチャッチャッと買い物に行く準備をして
 
「スーパーで、、、、、買ってくる、、、」
 
と、言ってしまいました。
 
これに対して次男満面の笑みで「ありがとう」と、言ってくれのですが、これがまた破壊力抜群なんですわ。
 
最近反抗期なのか普段から次男は態度は良い方ではないし悪態ばかりついているのに、こういう時の次男の言葉は、何でもしてあげたくなってしまう言い方なんですよねぇ。
 
 
ま、親バカかもしれませんがね。
 
必要になったら自分で礼儀なども学ぶようになる事を祈りましょう。
 
終わり。
 
 
 
 
 
 

息子が高校には行きたくないと言ってるんだがどうすればよいか。

大学を卒業して順風満帆に人生を歩む方もいらっしゃいます。

 
中学までしか卒業していなくても大成したり順風満帆に人生を歩んでる方もいらっしゃいます。
 
逆に、とても立派な大学を卒業しているのに、それを生かせなかったり、自分が何をしたいのかわからず人生を歩む方もいます。
 
中学を卒業し高校に行かなかったり中退して、そのまま、何をすればいいか分からなく人生を歩み続ける方もいます。
 
もっと言うと、超頭が良くて立派な大学を卒業しているのに、それを悪事に使ったり、あげくに犯罪に走る人もいます。
 
もちろん高校に行かなくて、更には中途半端な頭の良さで犯罪グループの末端になる人もいます。
 
 
何が言いたいのかと言いますとね、人生において学歴って果たしてどこまでどの様に大事なんだろうとか、と思うのです。
 
いやね、確実に学歴もあった方が無いよりは良いとも思うんですけど、いかんせん自分は学歴なく40歳の今まで全く困る事なく生きて来ましたからねぇ、で、今、困ってるのは中学三年生になった次男
 
マジ、高校に行きたくねぇ
 
と、口癖のように言うのと、「高校だけは卒業させて」とママからの願いに板挟みな事なんですわ。
 
わたくしの気持ちとしては、学校の勉強が嫌いでも学校が大好きだったり、自分のなりたい職業に学歴が必要だと本人が思っているのであれば、それは無駄な学歴にならないと思うのだけど、べつに何と無くやりたい事が分からないし、親の言われたまんま進んどくか、とか、まだ遊んでいたいとかなら、義務教育終えたらソッコーでバイトでもなどして、すぐにでも社会に出て自分の事は自分で賄えるように励んだ方がいいんじゃね、と、特に男の子に関しては思うのです。
 
本人は出来ればわたくしと同じ道を進もうと考えているようなのですが、それは今は置いておきましょ。
 
 
大切なのは学校の勉強では無くだよという人がいます。
 
大切なのは学校の勉強が出来る頭の良さではないと言う人もいます。
 
あぁなるほど、言葉で聞くと確かにそうかもなぁと言うものも色々考えられますが、じゃぁ、わたくしみたいな親はどうすれば良いかねぇ、と考える訳です。 
 
色んな教育本など、自分にしっくりくる物を探して読んだりしてみたのですが、読んでいるうちに、そんな立派な考えがあるなら、まずそれを書いた方の子供ご素敵に育ってるか拝見させて頂きたいわ、と素直に教育本を信じる事ができません。
 
著者の肩書きには立派な経歴が付いてたりすると、見えてる世界の違う人、とわたくしは思ってしまいますし。
 
もうね、わたくしのこのひねくれた考え方が問題で、それが息子の勉強嫌いにつながっているのかも、とも思うのです。
 
今はそれも置いておきまして、、、。
 
という訳で、学歴よりも大切なモノがあってほしいと言う気持ちがわたくしには強くありますので、その「学歴より大切なモノ」とは何だろうかを自分なりに考えてみました。
 
それは
 
 
自分の本心に気付く能力と、それを汲みあげる能力、つまり自分と向き合う能力、更には自分を知る能力が学歴よりも前に必要なのではなかろうか
 
 
と。長ぇな、、、長い話になりそうだわ。
 
いやいや自分の本心なんかわかりますがな、と思う人も多いと思いますが、意外と自分の本心ってなんとなくわかってるだけで、それが頭で考えてるモノと心から湧き上がる様なモノとは区別出来ていない様なきがするのですよねぇ。
 
 
自己啓発的に言えば「無意識」とか「潜在意識」とか云うのですかね。
 
例えば、仕事に行きたくない、これはある意味本心ではあると思うのですが、じゃぁ、何故ゆえに行きたく無いのだろうか、それは、自分がやりたい事につながっていないからなのだろうか、いくらやっても給料などアップし無いし自分の価値を認めて貰えないだろうからこれ以上頑張りたく無いから行きたくないのだろうか、じゃ逆に、給料や自分の頑張りが認めて貰えればどんな仕事でも行きたくなるのだろうか、自分のやりたい事だったりすれば給料が低くても行きたくなるのだろうか、人の為になって喜んでくれる人がいれば仕事に行きたくて行きたくて仕方なくるのであろうか、などなど、本心を深くまで掘り下げる事をしないで、「家族の生活もあるし、食べる為には仕方がない」と、とりあえず本心に蓋をしてしまう、みたいな。
 
 
深く掘り下げて行っても現状は変わらないし、変えられないと思う人を更に無理やり掘り下げるときっと、変えたくないとなるんだと思うのですが、自分の気持ちを深く掘り下げるって簡単そうに見えて、変なプライドが邪魔してなかなか出来ないと思うんですよね。
 
 
そして、気持ちに蓋をし続けるうちに奥底にある本心に気が付かなくなってしまうのでは無いのだろうかと。
 
 
 
究極に掘り下げると「生きたい」って所に辿りつく様なきもしますけど、、、、逆に蓋をし続けると「死にたい」になるのかな、、、、それも置いておきまして。
 
じゃあ何故その自分の本心に気付く能力と、それを汲みあげる能力、つまり自分と向き合う能力が学歴よりも大切だと考えるのかと申しますと、一つに、自分の本当にやりたい事を見つける可能性が高くなるのではないだろうか、と思うのです。
 
そしてそのやりたい事は本当に学歴が必要なのか。
 
学歴が有ろうが無かろうが、やりたい事が分からないで只々時間を過ごして行く人生は、「自分の人生を生きている感」が無く、何においてもやる気になれない気がします。
 
本当にやりたい事なんて、一つの事を深く掘り下げてやってみたり、色んな事をやってみないとわからなかったりすると思うのです。
 
好きだと思って始めた仕事も困難にぶち当たると嫌いになりそうになる事もありますし。
 
なので、長く本心に蓋をしてきてしまうと「自分が何をしたいかすらわから無い」となり、学歴あっても結局無駄にしてしまう事が多いのではないでしょうか。
 
わたくしは色んな事をやり過ぎて「お前は何をしたいのかわからない」と人から言われる事はありますが、それはまた別の話なので置いておきましょ。
 
只々、親に言われて勉強し、進学し、就職し、それが上手く進めば良いのですが、上手く進まなかったり挫折したりすると、結局は親だったり誰かのせいにして生きて行く様になってる人も少なくありません。
 
親の事が大好きで、親が喜んでくれるならと、親の思う様な人生を頑張って、その中で本当にやりたい事に出会えれば良いですが、これからの時代、それは本当に稀なケースなのでは無いかと思うのです。
 
もちろん親の事が本当に大好きで、親が喜んでくれるなら自分の人生は親に捧げたいと思うのが本当の本心であればそれはそれで素敵な事だと思います。
 
 
そしてもう一つに、この能力があれば挫折や失敗にぶち当たっても、現状を受け入れたり、挫折や失敗を乗り越えられる確率が高い気がします。
 
家柄が良かったり、頭がよいはずの学歴があるエリートでも、挫折や失敗など何かをキッカケで犯罪に手を染めたり、おかしな事をしてしまうのは、自分の気持ちを汲みあげて来なかった事にも原因があったりするのではないか、と、わたくしは思うのです。
 
親が教育熱心で怖すぎたり、怖くは無いけどやりたい事がやらせて貰えなかったりすると、本心にいつも蓋する様になり、何かがキッカケで大人になってから歪んだカタチで出るのでは無かろうかと。
 
社会に出ると他人が自分の気持ちにいつでも気付いてくれる訳ではありませんから、せめて自分では気付いてた方が良いとは思うのですよね。
 
なので、学歴があるに越した事は無いのだろうけど、それよりも自分の本心に気付き、それを汲みあげる、つまり自分と向き合う能力が学歴よりも先に必要なのではと思う訳です。
 
学歴があっても無くても素敵な方は沢山います、その方に共通するのは、自分の気持ちを理解して常に自分に対して向き合っている様な感じがするのです。
 
 
だからわたくしの考えとしては、子供がまず自分の気持ちが汲めるようになる為には、親はどの様に在るべきかを考える事が学歴に固執するより大切なのではと思うのです。
 
引きこもりやニートは人とのコミュニケーションが苦手だという人が多いそうですが、そもそも本当の自分の気持ちを汲め無い人が人の気持ちを汲む事は難しいでしょうから、やはり本当の自分気持ちを汲む能力は必要かと思うのです。
 
 
じゃ、その能力を身に付けるにはどうしたらよいか、ってのは更に長くなりそうなので置いておきまして、その前に問題は、高校に進学したくないと言う次男に、今、親としてどう言うべきかって事なんですよねぇ、あとはママにし対して何て言おうか。
 
とりあえず高校進学を望むママに対しては
 
「そもそも親の僕らが高校卒業してないんだから、高校に行けと言っても説得力ないし、もし次男を無理にでも高校に進学させたいのなら今から僕らも勉強し始めて高校卒業の資格を取りに行かないとね、僕らも一緒に勉強と共にあの時の様に戻ってやり直してみるかい、グフフ
 
とでも言えば、色んな意味で、
絶対ヤ!となると思うので良いとして、次男には
 
「君が本当に高校に行きたく無いというのなら、父さんは少し心配だけどその様にしたら良いと思う、が、高校に行かないとなると、自分の生活は自分で賄ってほしい、流石に勉強しない、働かない引きニートを家には置いおきたくないからね、父さんと同じ仕事をするにしても、仕事をいつでも頂ける訳ではないだろうから、バイトは何をするかぐらいは考えておいた方がイイんじゃないかな」
 
という感じに話してみた。
 
それを聞いた次男は真剣な顔で頷き、パソコンに向かい始め
 
「中学卒業したら一人暮らしもしたいからとりあえずバイト探すわ」
 
 
と言い、そして、グーグル検索に幾つかの検索ワードを打ち込んでいた。
 
 
横目で見てみると
 
 
バイト
 
高収入
 
 
 
と。しかも
 
 
「ヤベェ、楽して稼げそうなのが超たくさん出てくる」
 
と、嬉しそうだ。
 
 
うんうん、確かにそれは皆んなが皆んな本当に思う事だけどね、間違いなくそんな仕事ないからね、そして確実にブラックな仕事に出会うよ。
 
 
次男には学歴よりも大切な事以前に社会の厳しさを教える必要がありそうだわ、、、。
 
 
まぁ、毎日楽しそうだから今はそれでもいいんだけど。
 
終わり。
 

非常に悩む所ではあるのだけど、何とかなるだろう。

もう少しで中学三年生になる次男が、徐々に反抗期になりつつあるような気がする。

 
いや、これを反抗期と言うかどうかは難しいところなのだけど、明らかに親にとって少々厄介な事になっている。
 
学校から帰った次男が制服のままで、靴下を土踏まずまで中途半端に脱いだ状態でリビングの椅子に体育座りで座って溜め息をつきなから携帯をいじっていた。
 
「おいおい、どうした学校の制服も脱がずに、何があったのか?」
 
とわたくしが聞くと
 
「いや、こないだ学校で学校の生活は楽しいですか?ってアンケートがあったんだけど、それに、つまらない、って書いたんだよ。正確には超小さい文字で横に、クソをつけて。そしたら今日先生に呼び出し食らってさ」
 
と、次男は全く悪びれた感じが無く言うので
 

「おいおいちょいと待ちなさいな、そんな事を書いては当然でしょ、物には言い方ってものがあるんだから、もっと何ていうかオブラートに包む言い方とかあるじゃない。例えば、、、、僕は本音で言えば学校の生活は楽しいとは言えません、と言うよりか苦痛に感じる事があります、それは人間関係とかではなく僕が勉強が好きでは無いからだと思います、先生方は生徒の事を考えて僕達に一生懸命勉強を教えて下さっているのに、勉強を楽しむ事が出来ない事は本当に心苦しいのですが、まだ生まれて十数年間しか経っていない幼い僕の心は、その気持ちをコントロールする事ができません。何故勉強をしなければならないのか、大人になって勉強が凄く出来るエリートや政治家でもその頭の良さを悪い事に使う人も少なくない昨今、現在の学校という物の在り方が僕にはしっくりこないのです、みんなと同じ様に勉強が出来ると学校は楽しくなるんでしょうか、科学者などの学問を必要とする職業を目指してる人は別として、全ての子供が義務教育で同じ様に学校の勉強をする事がどの様に大切なのかこれから考えて行きたい所ですが、兎に角、今は、心の底から本当にの学校が楽しく無いと感じてしまうのです、頭では学校は大切と分かってるのですが、、みたいな言い方。」

 
という感じでわたくしが言うと
 
「めんどい、とにかくクソつまらないモノはクソつまらない、本当なんだからしょうがないじゃん」
 
と、聞かれた事を本音で答えた事の何がいけないの?という感じを次男は出してきた。
 
「まぁ、そうなんだけどね、でも、クソはウンチだからやめようね。父さん次回の三者面談が怖くて怖くて仕方ないよ。只でさえ昔から学校が苦手なのに大人になってからも先生に注意されるんだから、、、お父様はどんな教育をされてるんですか?と。まぁ、ウチはちょっとだけズレてる考えって言うか、父さん自信がアウトな様な気がするから、いかに普通で素敵でちゃんとしたお父さんと思われるか、なるべく学校行事に参加したり面倒な役割分担とかそこんとこは頑張って来たりしてたのよ、、、、だからもう少し、、」
 
と、わたくしが、ボソボソ言っていると
 
「大丈夫だって」
 
と、次男は親指を立ててきた。
 
何が大丈夫なのかは全くわからないのだけど、確かに客観的に考えてみると今は本人が大変ではなのでは無く、わたくしが大変であるのだろう。
 
ここで次男に対して、学校の先生の気持ちにもなって考えなさい、とかもっと勉強を頑張りなさい、とか親として厳しく言うのもあるんだろうけど、なんせ自分自信が中学の時を思い出すと酷すぎて言えない、、、。
 
中学二年の終わり頃から学校に行く鞄の中にはしか入れて無かったし、嫌いな先生に対しては教科書を床に叩きつけたり反抗ばかりしてよくブン殴られていたし、しまいには先生をおこらせ過ぎて先生から「タイマンだ!コルらぁぁぁあ」と言われてみんなの前で取っ組み合いになって、後に体育の先生にシバかれたり、、、etc、、ぁあ思い出しただけで猛反省。
 
あれが反抗期だったとすると、まぁ次男の言動は可愛いものなんだけど。
 
勉強嫌いに関しては親に似たらこれはマズいと思い、親のわたくしが先ずは勉強を好きになろうと本屋に中学の参考書を買おうと立ち読んだのだけどやっぱり無理だった。
 
まず文字が目に入ってこない、、、目眩すらする。台本や、小説は入ってくるのに、、、不思議。
 
どうやって自分が好きになれない事を息子に好きになれと言えようか。
 
どうやって自分が出来ない事を出来る様になれと息子に言えようか。
 
それこそ無理矢理勉強させたら傍若無人で親が反抗期みたいな事になる。
 
しかし、わたくしのお兄さんは勉強が好きで、勉強出来るんだよなぁ、兄さんの息子も中学受験受かったみたいだし、、、ホント何の違いでこうなるんだろ。
 
今度、親に聞いてみるか。
 
そんな事を考えていたら長男が帰ってきた。
 
そう言えば長男は反抗期と言うものほとんど無かったし、勉強は苦手だったものの、頑張るところでは頑張って勉強していて、うちの家族の中で唯一、高校を卒業している。
 
長男も次男に対してもう少し勉強頑張った方が良いよ、と心配しており、
 
「英語の単語ぐらいはわかるんだろ?」
 
と長男が次男に聞くと
 
「んなの余裕だよ、コラ」
 
となって、長男が次男に対して英語の単語テストをする事になった。
 
 
「じゃ、月曜日は」
 
「サンデー」
 
「、、、じゃ日曜日は」
 
「サタデー」
 
「、、、、、」
 
 
 
「、、、、、じゃ携帯は」
 
「アイフォン」
 
 
「オメェの携帯じゃねぇよ!」
 
「そか?、、、、(・ω・)ノ」
 
と、こんな感じだった。
 
自分の好きなアニメとかパソコンやゲームに対しては優れた記憶力を持っているのだから、それを勉強に使えば良いのにと思うのだけど微塵も使わない。いや、使わないのでは無く、使えないのかもしれないけど。
 
中学三年生になると受験に向けての勉強に切り替わってくる事だろう、次男はどうなって行くのか、、、、元気にスクスク育ってくれていて毎日楽しいのだけど、学校に関しては心配。
 
 
 
日記に書いても良いものか非常に悩む所ではあるのだけど、、、あえて書いていこうと思う。
 
 
 
 
 

今から一緒に、これから一緒に殴りに行きたい気分だが、、、

先日、わたくしが家に帰りましたらリビングで次男がほっぺたをさすりながら物凄い不機嫌な顔をしていましたので、どうしたのかを聞きましたら

「知らない先輩にいきなり顔をつかまれて殴られたんだよ」

と。

「あれま、そりゃあ大変だ。何か先輩に失礼な事をしたのかい?」

と聞くと、更に苛立った顔でほっぺたをさすりながら

「人違いだって」

と次男は答えた。

中学生の男の子なので些細な喧嘩などはあると思うのだが、例え人違えでもこの様な一方的な暴力は親としてどうするべきなんだろうか。

わたくしが中学生の時は、先輩に呼び出されフルフェイスのヘルメットをかぶらされパイプでガンガン殴られてヘルメットの強度を確かめる遊びをされたり、パシらされて買いに行ったバニラアイスが「ハー○ンダッツじゃねぇだろぅがぁ、コルらぁぁぁぁ!」と、ぐーパンチでしょっちゅうブン殴られたりしておりましたので、これぐらいは平和に感じてしまうのですが、よく考えたら今のご時世で同じ事あったらとんでもなく大変な事ですよねぇ、そしていざ息子の事となると小さな事でも考えてしまいますねぇ。


で、どうするか考えてみた。


1、とりあえず学校に今からソッコーで電話して殴った先輩を特定してもらいモンスターペアレンツばりに騒いで事実確認をしてもらい、事実ならばその両親に誠意的なモノを持って謝罪にこさせ、最近自分の中で起きたイライラも上乗せして気がすむまで説教し、わたくしだけスッキリする。


2、息子と一緒に登下校で待ち伏せして相手を特定し、その子に「ウチの息子を可愛がってくれたんだってねぇ、ありがとう」と満面の笑みでストーカばりに毎日毎日話しかける。


3、息子の話をじっくりと聞き、親は口を出さず息子に任せ見守る。


などなど、わたくしがしばらく考えながらチャゲ&飛鳥の「YAH YAH YAH」口ずさんでいましたら、次男は苦笑いをしながら

「マジ、親が出てくると大ごとになって面倒だし、顔に傷もないし自分で先生に伝えておくから父さんは黙ってて、もし何かあったら父さんに相談するから」

との事でした。

「かしこまり」

まぁ、もちろん初めから、3の黙って見ているだけ、にするつもりでしたけどね。

いくら自分の息子の話だとしても、人から聞いた話をそのまんま真に受けて、相手の言い分を聞かず青スジ立ててしゃしゃり出たくないですからねぇ。

もしかしたら、次男の友達が先輩に呼び出されてて、そこで次男が男気だして「おぅ、俺が代わりに行ってやる」とか言って、人違いで殴られたのかもしれないし。

そんなことより、次男の気持ちを聞きたいので
、殴られてどんな気持ちだった?と次男に聞きましたら


父さんにも殴られた事無いのに、と思ったんだよねぇ」

と。

お前はアムロか?

さすが小さい時にガンダムをひたすら観せておいただけあるわ。




終わり。


今日という今日は、親としての本音を語ろうと思う。

「子育て」と言う言葉と「育児」って言葉を自分で使うのはちょっと苦手です。

何故なんだろぅか理由を、考えてみました。

「子育て」は親が子供を育てる事、と言うのが辞書にも書いてありますから、子育ての意味を言うのであればこの考え方が普通なんだと思います。

もちろん人によっては子育ては勉強という方もいらっしゃいますし、子育ては自分の子供時代をやり直す事、という方などなど深い沢山の考えが色々あると思うのですが、どうも自分の中では子供を「育てている」って言い方というか考え方に違和感を持ってしまうのです。


あくまで自分の価値観ですが、子供を育てるってなんか上から目線じゃね?自分の力で子供を育てられると思ってるなら思い上がりなんじゃね?親が出来るのは子供が育つのを見守るぐらいじゃね?と、思ってしまうのです。

例えば、植物を育てるとか使いますけど、植物は太陽だったり雨だったり自然の力で育ってるわけで、が陽の当たる場所に置いたり、水を植物に運んだりする事は出来ても、人が育ててるって言うのは何だか違和感を感じるし、それと同じ様に子供も自然に育つ訳で、ご飯だったり環境だったりを誰かが何とかする事が出来るだけで、人は、育つのを妨害は出来ても育てるのは無理なんじゃないかなと、せめて育って行くのをサポートするとかの感覚の方が、しっくりくるのではなかろうかと思ってしまうのです。

ご飯を与えたり、環境を作るの事が育ててるっ言うんなら、まぁそれはそれでその人の「育てる」の価値観なんでしょうけどね。

ちなみに会社などで部下を「育てる」っていうのは、利害が発生しますのでまた別の話かと思うのですが。

で、親が何ができるかって「愛情」っていう目に見えないモノが何なのかを日々悶々と考えながら見守るぐらいだろうなぁ、と。

この様に考えてしまうので「子育てをしている」とか「育児をしている」と言うのが苦手なんでしょうねぇ。

更に言うと、自分は望んで子供を授かっている訳ですから、敢えて「子供を育てる」使う場合「育てさせてもらっている」と言う感覚の方が自分にはしっくりくるんですよねぇ、しかし、これを会話として使うと

「あ、今、子供育てさせてもらってるから忙しいんだよね」

「え?誰の子?」

って事になりますから、ここは難しいところです。

なので、ややこしく考えてしまうため「子育て」とか「育児」とか使わないようになったんですねぇ。

はい、大丈夫っす、全然、共感とか求めて無いっスから。

おわり。

追伸、イクメンと言う言葉は死ぬほどキライです。
自分に言われたら2時間ドラマばりの殺意を覚えます。

最近流行りのミニマリストを子供と実践してるとどうなるか

最近、近所の書店で売れていると宣伝してたこの本を読んでみた。
身の回りの物を減らし生活を必要最低限モノだけでモノに縛られずに暮らし、モノが少ない中での豊かさと幸せを感じるという、ミニマリストのライフスタイルを綴ったもの。

で、わたくしの読んでの感想は

ウチは既にミニマリストだわ。

ミニマリストを実践するのは恐らく一人暮らしの人か子供を持たない人の方が向いている思うのですが、ウチは何故だかわたくしも息子達も数年前からほぼ必要最低限で暮らす、この本で言うミニマリストかと。

まず、ウチの息子達の部屋はベッドのみ。

もう一度言うと部屋の中にはベッドしかありません。

あ、もちろん布団はありますけど、八畳ぐらいの部屋に木製の二段ベッドが一つ置いてあるだけ。

あとモノが増えるとしても冬になると出窓に空気清浄機を置くぐらい。

勉強机は息子達は勉強が大嫌いなのでありません、テレビは地デジが始まった頃に全部処分してしまってから買ってないのでありません、テレビも無いので今はテレビゲームもありません、洋服は家族全員の洋服や小物はクローゼットの中と小さな収納の押入れにおさまっております。

親子で同じ服きますんで。

なので子供達の部屋はベッドしか置いてない状態。

なんだその修行僧のような生活は?と思うかもしれませんが、誤解無いように書くと、テレビは見ないですが、見たいドラマや映画や自分の作品はリビングのデスクトップパソコンで見て、ゲームはパソコンでやり、大好きな漫画はスマホで読むか漫画喫茶に読みに行きます。

わたくしと長男は一台づつMacBookを持っており、リビングで各自パソコンで何かをしてるとちょっとしたIT会社ごっこみたな事になります。ちなみに、わたくしの部屋は今、同じ事務所の役者さんに貸しているので自分の部屋はありません。あ、これは話すと長くなるので置いておきましょう。

次男の勉強道具や学校のモノはリビングに少し置いてあるのみで、昔のモノは全て資源ごみやリサイクルに出して必要最低限になってしまってます。

わかりやすく説明すると

30分あれば余裕で夜逃げ出来る状態

ですかね。まぁ、夜逃げする事はそうそうありませんがね、これから夜逃げをしようとしてる方が読んでたら悪い例えでごめんなさい。つまり、明日から家族でワンルームマンションに住めるぐらいモノが少ないかと。

何故このような事になってしまったのかは自分でもよくわかりません、決してミニマリストに憧れた訳でも断捨離に目覚めた訳でも終活をしてる訳でもありません、ただ、毎年家族みんなで大掃除をする度にモノが少なくなってしまった、と言うぐらいですかね。

手に入れる為には何かを手放せ、とか鋼の錬金術師の「等価交換、何かを得ようとするなら、それと同等の代償が必要って事だ」というセリフを息子達に言いながら大掃除をしていたのもあるかもしれませんが、手放し過ぎたらもはや何を手に入れたいのかわからなくなってしまいました。

ただ本にも書いてありますが、この必要最低限の生活になって得た最大のメリットが、子供に


部屋を片付けなさい!

と怒らなくていい事ですかね。

なんてったってモノがありませんから。


たまに、掃除機をかけておいて、と言うぐらいで全くストレスありませんし、アレはどこだっけ?という事もほぼありません。

と、まぁ、一見良さげな感じですが、デメリットと言いますか、大変になる事も多々あります。

まず、モノが無いのに慣れてしまうとモノが置いてあるとなんだか落ち着かなくて気になってしまい、捨てなくてよい物までよく処分してしまいます。

(ちなみに他人の部屋は気にならないです。)

しかし、そんな事が比べモノにならないとってもとってもとっても大変な事があります。

中二の次男洋服を買わないんです。

ただでさえ物欲が少ない上に必要最低限だと思う洋服を一緒に買いに行ってくれさえしないんです。


理由は「別に洋服とか興味ないし、今ある洋服まだ着れるし、買いに行くの超めんどい」と。

あれかね、洋服選ぶ時間か勿体無いって言うスティーブジョブズさん的な感じかね。

いや、確かにモノを大切にしてるようにも感じますし、今あるモノで事足りる事は悪い事ではないのですが、こっちが良かれと思って買って来ても着慣れた服しか着ないのです。そして、それが行き過ぎると大変な事になるのです。

先日、ご飯を外で食べようと仕事帰りに家の近くの駅で待ち合わせしたら着てきた服が、小学生の時に買ったハーフパンツとTシャツだったんですよねぇ。

小学生の時に買ったハーフパンツを中二の男の子が履くと、成長の早い小学生が半ズボンはいたみたいなるんですわ。

鉄人28号の正太郎君のようです。

次男は自分が急激に身長が伸びた事に自覚がないのですかね、わたくしは会った瞬間「君、中学二年生だよね?」と聞いてしまいました。

次男は「微妙に小さいけど、まだイケる」と満面の笑みで言っている姿は小学生のようです。

このままではショタに狙われてしまうかと思い、ソッコーで近くのユ◯クロに無理矢理連れて行き少し大きめの洋服を多めに買いました。

買ったら「あ、洋服って意外と大切だね」と呟いていたので少し安心しましたが、父親としては、将来結婚したら奥さん大変そうだなぁ、と悩む所ではあります。


結果としては、何でもほどほどにバランスが大事何だなぁ、と。

まぁ、わたくしミニマリストになりたくてこの様になった訳ではありませんが、もし、幸せになろうとしてミニマリストを目指してやり過ぎてしまったら、必要最低限のラインがわからなくなって不幸な状態になり兼ねないですからねぇ。

例えれば、身体のために自然食にしたのに自然食にこだわり過ぎてストレスでカラダを壊すみたいな。

この本は、それらの事も事も踏まえてバランス良くミニマリストの事を書いてあるなぁと思いました。オススメです。

息子の彼女が女優さんだったらどうするべきか。

最近、長男が家にいない事が多い。

そりゃぁもう二十一歳だから色々忙しかったりするんだろうから帰ってこないのは全くもって良いのだが、しかし、もし長男に彼女がいるとすれば話は違う。

何故なら、今まで長男に「彼女はいるのか」と聞いても「あぁ、いた事はあるよ」とはぐらかされてしまうし、長男の仲が良い女の子の友達すら紹介してくれた事がないからだ。

確かに昔「父さんには彼女はあわせたくないなぁ」と言われた事はあったが、、、。

それに、もし、わたくしに彼女を紹介でもしようものなら間違いなく話好きのママに伝えるから、そうなると長男は「え、どんな子、可愛いの?酒は飲むの?太ってる?痩せてる?性格は?」など根掘り葉掘り聞かれ、挙句の果てには親族や友人などに拡散されてしまう可能性もあるから言いたく無いのもわかる気がするが、それにしても今まで彼女らしき人すら見せてくれた事がない。

次男も「お兄ちゃん、彼女いるいるって言ってるけど僕にも一度も見せてくれた事無いんだよね、もしかして本当はいなくてエア彼女とかじゃね?」と言うくらいだ。

まぁわたくしも、少し前までは長男のあまりの女っ気の無さと、休みに家にずーっといる姿を見て、このまま三十過ぎても彼女を作れないで魔法使い妖精になるのかと思っていたし。

しかし、このところ帰ってこない事が多い上に、何だか身なりがとても綺麗なのだ。

と、なるとperhapsいや、恐らく彼女がいるのだろう。

彼女がいるならなんら問題は無い、しかし問題は彼女がどんな人か?だ。

いや正確に言うと彼女がどんな人でもいい、彼女がもし女優さんだったらどうするかだ。

長男も俳優を目指しているので、これは常々考えてしまう。

良いとか悪いではなく困る。

だって、もし自分の息子の彼女とお仕事で共演する事があって、それが夫婦の役だったり不倫相手の役だったりしたら気まずいじゃないですか。

セリフで「好き」とか「もうあなたしか見えない」とか「愛してる」とか毎日息子の彼女から言わたりして、「お父さん、私、本当に好きになっちゃいそう」とか言われたら軽いノイローゼになりそうですからねぇ。


いや、可能性は低いんですよ、可能性は限りなく低いんですが、少し前に偶然息子と共演する事もあったり、同じ事務所の仲が良い女優さんと不倫カップルの役になったりした事ありましたから、何が起こるかわからないこの世界ではゼロではないと思うんです。

しかも舞台とかで共演すると、ストックホルム症候群?って言うんですかね吊り橋理論?っていうんですかね、毎日の舞台緊張のドキドキを恋のドキドキと捉え違えて好きになってしまい付き合ってしまうっつー事をよく耳にしますからねぇ。

俳優さんと女優さんが付き合ったり結婚したりして、もし別れた後に共演して恋人役だったり夫婦役だったりした時はどうなるんだろぅ、ある程度ビックネームの人なら共演NGだったりするんだろうけど、、、、わたくしが「すいません、息子の彼女なんでNGでお願いします」とか言ったら、自分がNGになってしまいそうだし。

困るんですよねぇ。


まぁ、考え過ぎなんですけどね。アハッ。

逆に考えたら女優さんに惚れられるぐらいな男に育ったって事でそれはそれで、、、いや、そもそも彼女いるのか?

長男に聞いてみるか。


僕がア◯ブロではなく、はてなブログに引っ越した理由

WordPressからはてなブログに引っ越してきました。

理由はなんと無く。

で、どこに引っ越しをしようか考えた時、真っ先に頭に浮かんだのは、やはり三十年も芸能の世界にいるんでア◯ブロさんです。

芸能人ブログと言えばア◯ーバブログさんですからねぇ。

芸能人は特別なPV収入があったり、本当に気に入って使るわけでもいない商品でも宣伝したら広告収入になる事もあったりガシガシ稼げるって週刊誌で見て、とってもとっても魅力的ではあったのですが、よくよく考えたら今の自分は、そこまでの需要ねぇから無理だろ、と思ったのと、PVを稼ぐために沢山記事や自撮り写真を上げ続けなければいけないのは自分には向いていないだろ、との結論に至りました。


四十過ぎてから怖いんですよね自撮りが。
自分にカメラをを向けてナイスショットや奇跡の一枚を目指しながら何枚も撮りなおしたり、劣化と言われないために必死に若く見せるように写真加工してるのを誰かに悟られたら死にたくなりそうですし、ありのまでいいのって「スッピンの僕」とか載せたらとっても寒いだろうし、自撮りをアップしたからにはコメントを欲しがっちゃいそうですし、素敵!まだまだ若いですね!とかのコメントを期待してて、キッツいコメントが来たら次の日の仕事は何をやっても殺人犯顔になりそうですし。

で、そんなこんなで色々考えたら、初心者に書きやすそうなツールがあるのと好きなブロガーさんが沢山いる


に引っ越しだな、と。

と、言うわけでよろしくお願い申し上げます。





一人暮らし

最近、中学二年生の次男が

「パパ、僕、一人暮らししたい」

と、言い出した。

わたくしの心情としては、やはりそう来たか、、、と、言ったところ。

自分も思い返せば中学二年生の終わり頃から一人暮らしだった。

正確には一人暮らしをしたではなく、一人暮らしになった、ではあるのだけど。

かいつまんで話すと、その時、八つ離れた兄は大学に近くに一人暮らししており、父親は八十歳過ぎて病院暮らしだったため家に帰って来る事が無く、母親もその頃事業を始めて仕事で忙しそうだったので「僕、一人で全部やるから帰ら無くても大丈夫だよ」と母親に言ったら、もともと家族で住んでいた7DKの一軒家での一人暮らしが始まった、という感じ。これ、とんでもない事になるんですけど、、、それは長くなるので置いておきましょう。

で、普通で言う実家を出ての一人暮らしでは無く、実家で一人での生活の、一人暮らし。

そんな事実を知っているのか知らないのか、同じ様なタイミングで次男が一人暮らしをしたいと言いだした。

どんなつもりか理由を聞きましたら

「貧しさを味わってみたい」

もう、この理由を聞いた時わたくし鳥肌が立ちましたわ。ただでさえ物欲が少ない子なのに貧しさだと?この子は何なんだ、もしかしてブッダか何かの生まれ変わりか?これから出家して修行して悟りでも開いて神様にでもなるつもりか?今、ゲームばかりやって勉強を毛嫌いする姿は仮の姿で父親に何かを大切な事を教えようとしてるのか?ヤバい、ヤヴぁぃ次男の背中から後光が差して見える気がする。鳶が鷹を生んでしまったか?と、親バカ全開で取り乱しましたが、一旦落ち着き

「それは素晴らしい事だ。父さんもそれぐらいから一人暮らしをして沢山大変な思いをしながら学んでいった事も多い。世間的にはまだ早過ぎると言われるだろうかもしれないが、成人しても親のスネをかじってかじりまくるニートが多いと言われてる昨今、これまでの世間の常識に疑問を感じざるを得ない。父さんは高校ぐらいからなら早過ぎるとは思わない。アイドルだって中学から親元を離れて生活して活躍してる子もいる時代だ。そうだ、親から離れて親のありがたみが本当にわかる、足りない事から学ぶ事はとても多い。これだけモノが溢れて飽食なのに病んでしまったり、自ら命を絶ってしまう人が多くいるのは何故なのか?そんな父さんの疑問すら払拭してくれるかもしれない君の考えに賛同する」

と言う感じでわたくしの気持ちを次男に伝えた。そして

「まず、洗濯とご飯をおぼえようかね、お金の事はバイト始めてからと言いたいがまだ中学生だから高校になってにして、自分の事を自分で出来るようになったらバイトして払えるぐらいの小さなお部屋でも借りてみるかね」

と提案した。

「飯は、、、難しいけど、とりあえず洗濯頑張るっ」

と、次男は嬉しそうに言っていた。

長男より先に次男が一人暮らししたらどうしよう、、、それはそれで面白いけど。

反省させると犯罪者に?

最近読んだ本の中でとても興味深い物があった。

「反省させると犯罪者になります」

という岡本茂樹さんの本。

んなバカな、悪い事したら反省させなきゃ、暴力とか人に振ったらブン殴ってでも反省させなきゃダメだべ。とツッコミつつ読んだら、この本で言う反省と、自分の考えてる反省は本当にかけ離れていた。

著者は実際に重犯罪の個人面談や更生プログラムに携わっており、更新の難しさや、犯罪者に反省を求めると謝罪文や反省の言葉は上手くなっても本当の意味での反省には難しく、逆に反省を求めない個人面談や授業を進めるうちに本当の意味での反省をもたらすということが書いてあった。

そして普通の人がどの様にして犯罪者なったか家庭環境も深く掘り下げた事も書いており、その中には、今の子供の教育に対する疑問なども書かれている。

確かに、子供が悪い事をした時に「謝りなさい」「反省しなさい」と、厳しく言っても、なんと無くやってしまった子供や、自分は悪くないと思っている子供は、その場しのぎの謝罪や反省したフリをしてしまうだろうし。いや、もしかしたら子供だけ限ったことではなく、大人になっても心の中では本当の反省や謝罪をすることは難しいだろう。謝らせたり反省させる事に重きを置いて、何故その様な事をやってしまったのか、心の奥底にある本質に目を向けない事は、結局同じ様な事を繰り返してしまうか、歪んだ形で後々に出てきてしまうのかもしれない。

わたくしみたいな親でも、子供達は反省しなきゃならない様な事はあまりやら無いのだけど、、、、いや、親が気が付かないだけで周りからしたら沢山あるのかな、、、まぁ、それは置いといて、、、親の問題解決の方法が暴力や力任せだったりすると子供もそうなるだろうし、親が相手の気持ちを理解しようとしない人だと子供もそうなってしまうだろうから、もし子供が何かしら問題起こしたら親である自分が原因なんだろうけど。

そうなったら、どの様に子供と向き合うか、この著者考え方は自分の親としてのあり方を真剣に考えさせられた。

なんか真面目な事をダラダラ書いてしまった。

ハンセイハシマセンヨ

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

群れたい

「とてもマイペースで人と群れないですよね」

と、今、舞台で一緒に共演させてもらっている役者さんに言われた。

そうか、周りにはわたくしの生き様はそのように映ってしまっているのか、、、多分悪い意味で言われてる感じではなかったと思うのだが。

ちょっと、、、ちょっと心外だ。 自分では、どれだけ人に合わせる事に注意を払って、人と同じような行動をする事に注意を払ってきたか。どれだけ同調しすぎて目立たなくなって来た事か。

ふつふつと思いがこみ上げて来た。

マイペースはまだしも、群れない?それは誤解だ。

群れないんじゃない、みんなが群れてる場所がわからないのだよ、LINEのグループ誘われていなかったりとかよくあるし。群れたいの!むしろ俺は本当は群れていたいの、そして群れて群れて安心していたいの。あぁ、俺、皆んなと同じで良かったって。一人だと不安なの、ウサギ年の40歳だからかね?まぁ、どんな群れにでも入りたいってワケではないのだけど、なんて言うか、オオカミの群れにウサギが一匹入ったら、そりゃソッコーで食われちゃうからね、骨までしゃぶられそうだし。もはや生け贄だね。まぁ、勿論入りたい群れと入れない群れっていうのはあるんだけど、入りたい群れがどこに群れてるかわからないのよ。そしてたまたま入りたい群れに誘われてもその時に限って、どーしても外せない仕事や用事が入っていていけなかったりするし、あぁ、もしやこれは神か悪魔がそうさせてるのでは無いかと言うぐらいに。一ヶ月は31日あるのに、その31分の1の確率にドカーンと当たっちゃうわけですよ。その日⁉︎いや、その日⁉︎みたいな。まぁ今迄オーディションとか、結構な難しい確率の時に受かってきたから、そういう時には有難いんだけど、こんな時に変に当たる運とかいらねぇから!って思うんですよ。いや、もしかして、、、、もしかしてこれは神様が行かない方が良いと言ってくれてるのかもしれないな、、、、「これはウサギの群れに見えますけどウサギの皮を被ったオオカミの群れです」みたいな。そうか、そうに違い無い。それなら納得がいく。俺、護られてる。あれ?その前に、自分はウサギだと思ったらオオカミだったらどうすんだ?まぁいいか。もはや自分がよく分からなくなって来た。

わたくしの日記もア◯ブロとかにお願いしてみるかなぁ。

芸能人の群れに入ってみたいなぁ、そして「今日のランチ」とか「スッピンのわたし」とか「寝起きのわたし」とかそんな事を書いた日記を更新したり、炎上させてアクセスアップで稼いでみたいわ。いや決してdisってる訳じゃありませんからね、本当に羨ましいんですよねぇ、そういうの求められてる人とか。

まぁ、出来ればわたくしもやってみたいですけど、40になったわたくしが自撮りで撮った寝起きの写真とか脱力してるおっさんの姿、誰も求めてないだろうしなぁ、求める人がいたとしてもマニアか変態だろうしなぁ。

やっぱり今のままでいいか。頑張らなきゃいけない群れは好きじゃないし。あれ、やっぱり群れたくないのかな?どーでもいいか。アハッ。

あ、話は変わって今日、長男が舞台を観に来てくれた。感想は

「皆んなで出てる時、父さんの歩き方がだった」

と、以上。

蛙の子は蛙

 リビングの椅子でランニングと短パン姿で漫画を読みながら口にパピコをくわえた次男が言いました。

「パパ、僕は夏休みの宿題はやらない」と。

次男が夏休みの終盤に夏休みの宿題放棄した。

中一の夏休みの時はバタバタしながらも九割ぐらい終わらせていったのに、今年には開き直ったかのごとく見事に全く手を付けていなかった。

ウチの子じゃなかったら「夏休みの宿題放棄ってあり得ないわ、ホント、そんなの顔が見てみたいわぁ、オホホほ。」とか言ってみたい所ですが、残念ながらウチの子なんですねぇ。

グハッ

いや、勿論として「なぁ、夏休みの宿題っつうのは、早めに終わらせると楽だよ、終わらせてしまえば後は遊ぶだけだからね、エンジョイエンジョイだよ、宿題を終わらせてヒャッホーイって夏休みを!」

と、夏休み始まって一週間ぐらいまではわたくしも毎日言っておりました。

で、次男

「うん、そうだねぇ、もう少ししたらやろうと思う」

と、言っていたんですがね、それがいつの間にか夏休み終わりになってこんな事を言うなんて、、、反抗期かヤケになったか、まぁ、よくある話なんでしょうけどねぇ。

で、何故ゆえに次男がそのような事をサラリと言うのか、なんの意図があってそのような事を余裕で言うのか聞きましたら

「パパは、夏休みの宿題をやった?」

と。

そう来たか、、、、そうだよね、そうだよね、確かに自分がやって無い事出来ない事を自分の息子にやらせたり期待するのは親として問題があるかもねぇ、いい所をついてくるじゃぁないか、父さんは夏休みの宿題はキャンプファイアで燃やしてその周りでマイムマイムを踊るモノだと思って中学生時代を過ごしてきましたよ。というか夏休みの宿題ちゃんとやった事ねぇし、、、などなど、わたくしの心は動揺しながらも

「いいか、君たち学生は学校に行き勉強する事が仕事みたいなものなんだ。社会に出たら締め切りだったりノルマだったり、提出しなきゃいけない約束事が沢山あるから、それの予備練習みたいなモノだと思う。だから夏休みの宿題は提出するべきだと思う。やらないと超絶に先生に怒られると思うし。お兄ちゃんもちゃんとやってたよ中二までは。父さんは夏休みの宿題をちゃんと提出した事がないけど、、、今は反省してる、、、とても、、君たちには父さんみたいになってほしくないんだ、、、」

という感じでもっともらしい事を言ってみたのだが、次男はガシガシとパピコをかじりながら

「でも、学校が仕事って言っても給料でないじゃん、仕事だったら僕はちゃんとやるもん」 と。

なんざんしょ屁理屈ばっかりで、ホント親のが見てみたいわ! グハッ!

いやいや、社会に出る前の予備練習はむしろお金を払って学ぶべきだろ、、、などなど、、説教する材料はモリモリ盛りだくさん頭に浮かんだのだが、おそらくわたくしが論破してもやらなそうなので、

「じゃ、先生に怒られてる事になっても自己責任でね。次の三者面談では父さん隣で幽体離脱してるからね。でも、、、でももしも宿題したくなって勉強でわからない事があったら父さんの周りにはに頭がいい人沢山いるから父さんと一緒に教えてもらおうね」

という感じの事を伝えた。

が、夏休みの宿題をどうしたのかは次男と未だにそれについて話をして無いのでわから無い。

まぁ「学校超ダルぃぃ」と、文句を言いながらも元気に学校行ってる所をみると、なんとかなってるのだろう、、、ぅん、なっとかなってて欲しい、、、。

しかし、よくよく考えるとなのに子供に勉強教えてあげられ無いってまずいよなぁ、、、最近の中学生の問題とかチンプンカンプンだし、、、Xがどうのこうのとか、プラスマイナスとか全くわから無いし、、、、考えると自分の学校の勉強の出来なさ加減に悲しくなるわ。

カミサマドウカワタクシノアタマヲヨクシテクダサイ

自分の事を思い出すと、確か中二の夏休みぐらいからだったかヒドかった気がするなぁ。

それに比べれば、、、、。

もう、今のコンプライアンスに厳しい時代には口が裂けても言えないような感じだったような。

どうしても、まぁ、どうしても、まぁどぅぅしてもそこに興味ある方はこちらの本で。